夢想の針鼠の夢跡

物語に隠されたもう1つの物語 『過ち』を知る物語

幻想の赤月 2-05章 Identification

 
「ウォイスという名を久々に聞きましたよ。元気にしていらっしゃいます?」
「ええ、勿論です。失礼ですが、あの方とのご関係はどうなのですか?」
「元仕事仲間と言った所でしょうか。・・・王宮に住む前は教師をしていたのですよ」
私は今、ウォイス様に関してで知っている人を偶然見かけ、そして会話している。相手は中年男性で、名はノヴァという。彼は以前高等部の教師を勤めていた魔導師で、植物魔術が得意なのだという。一応、定年退職する程の年齢は行ってないらしいのだが・・・。
だが、それよりも気になったのはウォイス様が教師をしていた所だ。彼はアファレイド人なので言ってはいけないのだが、不老不死なのでまず確実にアファレイド生まれではない。色が偶然一致しただけで此処まで行けたのであれば、相当出世した事になる。王の従者もやる事になったのだ、よほど努力したのだろう。
「ところで、貴方は教師をしていらしたと言っていましたが、何故止める事になったのですか?彼処は割と給料良かったと思うのですけど」
「・・・あんまり言いたくないんですが、まあ良いでしょう。ですが、その為には場所を変えなくてはなりません。なにせ、この情報は極秘ですから」
「・・・?」
「そうですね・・・貴方、ウォイスの従者なのでしょう?本の情報では確か幻術がお得意だとか。ならば、幻術に使う想像力を利用して空間を一時的に創り出す事も出来るかと思うのですが?」
妙に挑発的だ。確かに想像力は少しは必要だし、空間にもそれは使う。だが、どうもその言葉を聞くとあんまり使いたくなくなる。言葉のトーンを聞く限り、挑発するつもりは無いだろうし、素である事には間違いない。
「ええ、可能ですよ。しかし、あらかじめ言っておきますけど、弄り操る事が出来る私と戦う気があるならば、止めといた方が良いですよ」
「おや、変に受け止められましたか。不快に思ったのであればそこは謝りますが。これでも素なんです」
「それくらいは分かりますよ、ご安心を・・・フフフ」


~中間~


「これでよろしいでしょうか?」
「ええ、この閉鎖的空間であれば話せられます。ありがとうございます」
「・・・極秘にするという事は王宮絡みの出来事でもあったのですか?」
「王宮絡み・・・ええ、確かに身を隠して貰っている意味では王宮絡みかもしれません」
身を隠している?ならば、何故あの時普通に名乗っていたのだろうか?
「ノヴァという名前が偽名という事ですか?」
「いえ、違います。行方不明という事になっています。おそらく、ウォイスは行方不明になっていると勘違いをしている事かと」
行方不明と聞いてようやく一つ思い出した事がある。そして、ウォイスと関連している事と組み合わせると、こんな予想が出てきたのだ。
「・・・・・・もしかして、貴方は中央の高山辺で紅月の襲撃に遭った被害者なのですか?」
私がそれを言うと、彼は眉を動かした。
「ご名答です。流石ですね、ええ。そうですよ、私はあの被害に遭ったのですよ。歳が歳という事もあり、あの時は生きた心地がしませんでしたよ」
「彼処確か人少なかった筈ですし、紅月に遭遇したのであれば、ウォイス様や私位の人じゃなければ殺されてますよね・・・?」
「勿論、コテンパンにされましたよ。偶然通りかかった女性が私を見つけて治してくださったのですよ」
「・・・その人は誰です?」
「シアン・クロックリバーという人ですよ。此処の人ならきっと分かる筈ですよ、主席の人ですからね」
そういえば、アファレイド魔導学校にそんな事が書かれていた。生活魔術であればウォイス様をも超えるだろう・・・と。成程、回復魔術のスペシャリストだったという訳か。
「でもまあ、その人のおかげでこうして普通に暮らせているのですよ。身の危険を感じたので、王宮に頼んで紅月の恐怖が完全に無くなるまでこうして身を隠しながら匿って貰っている訳ですよ」
ノヴァはそう言って微笑む。しかし、不可解な点は幾つかある。
まず一つ目。コテンパンにされた等の話を聞く限り、少なくとも私の方が強いのだろう。それを踏まえた上で考えれば、決して紅月の脅威にはならない筈だ。もし戦う事になろうが、ほぼ確実に紅月に白星が上がるであろう。それを考えてみた結果、出てくる疑問は『何故其処までして彼を狙うか』、だ。其処までするからには必ず理由がある筈なのだ。
「襲撃に遭った理由に検討はつきます?」
「何となくは。・・・おそらくは過去との抹殺を図ったのでしょう。証拠に、彼が学生だったご友人等も襲撃に遭ったという情報が何件が出ています。ついでに言えば、ウォイスとも何度か衝突したとか。今年の秋と、彼らが失踪する直前辺・・・此処まではおそらく新聞でも見ればすぐに分かるでしょう。ですが、それよりも前に私とウォイスは彼に一回会ってます」
「・・・三回ですか?」
「私が見ただけでは、の話ですけどね。王が殺害されたすぐ後にも顔を合わせてます。ただ、あの時彼とウォイスはそれぞれ不可解な事を言っていたんですよ。ウォイスは彼の豹変に心覚えがあると言っていて・・・」
「心覚え・・・ですか?おかしいです、あんな事件はよほどの事が無い限り起こりえぬ出来事の筈なのですが・・・」
「そうなんですよ。それに、彼・・・紅月は今と比べたら大分穏やかでありました。これではまるで・・・」
「『何故紅月がこんなになったのか検討がついている』みたいだと・・・?検討がついているから、あんな事を・・・?」
検討がついている事で、彼自身がもう彼は助からないと判断したとすれば、大事であろう人物をその手で殺す事もきっと厭わないだろう。・・・でも、私は彼にそんな勇気があるとは思ってなかった。確かに、あの方は獣の様に暴れ回る事はあっても優しすぎる。例えどんなに憎悪や嫉妬に囚われていても、大切な人の前になればおそらくは・・・。だから、私に対して何処か遠慮がちなのだ。
(そんなだから、私は冷たくしなきゃマズいんですよね)
「検討がついていらっしゃる部分は幾つかありましたよ。あの時出ていた殺気は・・・疑いようがないですから。ああでも、ウォイスさんならやりかねない事かもしれないですね。威嚇していた訳ですし。それにしても、一体何があったのでしょうかね・・・」
何があったのかは明白だ。表面は殺人鬼、中身は助けを求めている状況の中であれば、確実に彼以外に誰かいるのだ。私みたいな人物がおそらくいる筈なのだ。私の場合は許可を得てからとり憑くが、其奴はおそらく強制的だろう。だが、私は知っている。強制的にやれば、長く持つ筈が無いのだ。私がかつて、あの人に押さえつけられた時の様に―。
「知りませんね。・・・話を戻しましょうか。リーナという人物を私は探しているのですが、知りませんか?」
正直、魂がどうのこうのというお話はする気がしなかった。幾ら此処でもそういう話は殆ど聞く事のない内容だからだ。
「!!何故探しているのです?」
「極秘の情報を教えてくれたのですから、お返しに極秘の情報を教えておきますよ。紅月の元の姿であるラヌメットに接触出来たのですよ。汚れの無い、あの悪戯ウサギとね」
「何ですって!?で、ですが、彼は今・・・」
「ええ、お察しの通りに。ですので、私は別ルートで見つけたのですよ。術は教えられませんけどね。とにかく、彼の話を聞いてみるとどうやら乗り移っている存在がいるみたいで。彼が乗り移る前に乗っ取っていたであろう人物がリーナという存在だったらしいですよ。それで、私はそのルートを探れば根本が分かるのではと思いましてね、探している訳です。・・・その反応だと知っている様なので教えてくれるとありがたいのですが」
ノヴァは若干悩んでいる様に見えた。リーナという存在を知っているのは明白だが、予想通り一筋縄ではいかない何かがあった訳である。
「良いでしょう。リーナ先生は私が初等部だった時の先生でしたよ」
「!?」
思わぬ所に宝が眠っていた様だ。正直こんな所にあるなんて微塵も思っていなかったので、ラッキーだ。
「ええ、そうです。あの時、私は見ていたのです。誰かが先生の首を絞めていた所を。そして、その誰かがバタリと倒れて、先生も倒れて・・・起こしたら何故か気絶して・・・それで起きた時に・・・ウォイスさんがいましたね。そういえばあの時が初対面でしたね。当時は彼がいた事に疑問を抱いてましたが、貴方の会話を聞いてようやく何故彼処にいたのか分かりましたよ。不老である事も何となく」
「!!・・・フフ、結構面白い事を言うのですね。それで、その解答が正しかったら、貴方は一体何をするのです?」
「変わらず私は本を読みふける事になるでしょうね」
「素晴らしい解答ですね。ええ、それが正解でしょう。これ以上首を突っ込む事はよした方が良さそうです」
「変わったお方ですね、ウォイスさんなら必ず苛立っていますよ?」
「私は基本的にポーカーフェイスを保っておりますので割と普通に出来る事なのです。・・・顔に出す事は稀なのですよ」
「それだと今苛立っている様に聞こえるのですけど」
「苛立ってませんよ?むしろ、感謝の気持ちで沢山です。フフフ・・・」
実際の所、私は何とも思ってなかった。感謝しているのは事実だが、私は一切の気持ちを切り捨てていた。それよりも、私は其奴の存在が一体何なのかが気になった。ウォイス様が執着する其奴の存在は完全に排除しないといけない。そんな様な気がしたのだ。おそらく其奴はウォイス様では敵わないのだ。私の存在がいなければ、きっと倒せない。或いは、彼はこうなる事を想起していて、其奴を倒せという本性を私に埋め込まれていた可能性もあるかもしれない。そんな事はどうでもいいのだ。其奴は敵なのだ、怯えていてはいけない。そうでなければ私はいなくなり、其奴が私をなりきってしまうのだ。
やはり、あの人と共に行動するべきなのだろう。少なくともあの人と共にいれば、あの人と共々其奴にやられる事は無いだろうし、そろそろ記憶をリンクしなければ差異を生じるきっかけになりかねない。問題はあの人が何処にいるかだ。でもまあ、其処までは難しくないだろう。
「そろそろ出ましょう。本日はありがとうございました。・・・あ。それと」
「何でしょう?」
「・・・上の階、行ける様にしておいてくれないですかね?」
「おや、行けないのですか?」
「・・・いえ、何でもないです。それではご機嫌よう」
微笑んでいる私は、彼を見送る事にした。そして、その後はあの人を探すのだ。しばらくはそれで構わない筈だ。

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「アッシュ、久しぶりだね!!元気にしていた?」
シェイドはそう言うと、アッシュと呼ばれた男性の腕をブンブン掴んで振ってくる。
「その様子だと平気の様だな・・・ウォイスはどうした?確か手紙ではそういうのあったと言っていたが・・・」
「ああ、今とある事情で離れているんだ。事情が何かは僕も分からないけど」
「・・・そうか」
そう言うと、彼は俺を睨んできた。敵視している訳ではないのは見れば分かるが、威嚇されている様な気がする。『お前は知っているのだろう?』と言っている様にすら思えた。
「あーシェイド?其奴誰なんだ?」
「あ、ゴメンね。えっと、彼はアッシュって言うの。こう睨んでいる所もあるけど、本当は優しいから大丈夫だよ」
「俺はソニック、ソニック・ザ・ヘッジホッグだ。で、白い彼がシルバー、黒い奴がシャドウだ」
「白いとか黒いとか言うのを止めろ。・・・失礼した、僕はシャドウだ。シルバーは今治療中だがな」
「へいたっ!!」
ちゃんとした言葉で話さなかったのが気に食わなかったのか、シャドウは思い切り俺に拳骨した。冗談の割には何か力が入ってて、普通に痛いのだが・・・。後で加減についてちゃんと言った方が良いのかもしれない。
「・・・ソニックって確かあのヒーローか」
「おう、よく分かったじゃないか。此処まで知れ渡っているとは・・・」
「・・・・・・英雄が何故此処に来た?わざわざ此処まで登ってきて」
「行っている最中に立ち寄っただけさ。エメラルドの反応もあれば、それも見たかったしな」
「貴様なら、多分教会の奴らも受け入れてくれるだろう。・・・夜になったらまた会おう。この事は決して人々に言ってはならないぞ、嫌われたくなければな」
「あ、おい・・・」
「シェイド、積もる話はあるだろうが後だ。何が重要かはお前も分かっているのだろう?」
「う、うん」
「・・・それでいい」
それを言ったきり、彼は宙を舞って何処かに行ってしまった。急な出会いにシェイドは喜んだ様に思えた。・・・が、一つ気になった点があった。シャドウとシルバーの表情が険しいのだ。
「・・・?シャドウとシルバー、何故そんな顔をする?」
「あまり関わるのは止めた方が良さそうだ」
「・・・アイツ、何か嫌なオーラが漂ってる」
シャドウは理由をしっかりと持った感じだが、シルバーは直感的である。とはいえ、『あまり関わりたくない』という事に意味は同じであろう。シェイドがその言葉を聞いて腹が立たないか心配だったので、俺はちらりと彼の表情を見てみた。・・・マズイ、気まずい雰囲気が完全に流れている。なんとかしないとマズそうだ。
「あー・・・彼がどんな人物であるかは、とりあえず後回しにしようぜ?人々に嫌われるって警告しているんだ、夜になったらにしようぜ?」
「・・・。」
三人はお互い顔を見合わせていていた。不服そうではあるが、彼らは受け入れた。
こうして、とりあえずはこの難を逃れたという訳だ。
「それまでは言わない様にしようぜ。元々此処に訪れたのはカオスエメラルドの回収と休憩場所として使用するからだ。アイツの言っている通りにした方が良さそうだ。住民の一人だしな。あー走りたい・・・」
俺がまとめ役になるとは正直思ってなかった。この場から離れたらギスギスした空気が更に酷くなりそうだし、実質束縛されている様な状態だ。自由になっていたのだが・・・仕方ないのか?

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ノヴァと話をしている内に、もう夕方になっていた様だ。今日はもう動かない方が良いだろう。私は何事も無く研究所に着いた。研究所の扉を開けると、其処には見るからに不機嫌そうなメルガと、睨んでいるルナがいた。まあ、やった事はどう考えてもマズイ行動だったので、こうなる事は何となく想像出来ていたのだが。
「メルガを幻術で陥れたんだな?」
「・・・ええ、しました。目的の妨げになると捉えたので。とはいえ、それは私の体を心配しての事ですし」
「そういう問題では済まない。ウォイスの命令すらお前は破ったのだぞ?」
「言葉のあやですよ。・・・まあこうなるのは目に見えていたけど」
そう溜息をつくものの、このままでは明日以降も行動が出来なくなる。何とかして今日中にこの件を片付けなければならない。・・・ウォイス様ならおそらく明日、単身で基地に突っ込んだりするだろう。囚われていたとしても、彼ならば大丈夫だろう。なにせ、あの姿に変われるのだから。
「・・・でもまあ、私に非があるのは認めますよ。すみませんでした」
深々とそうお辞儀しておいた。ルナは髪を指で絡ませながら話してくる。
「本来なら罰を付けて反省させて貰いたいところだが―お前が一番よく分かっているだろうから、これ以上は言わないでおく」
「ありがとうございます」
「・・・此処が変わってしまっては困るからな。ところで、あの人は今どうしているのだ?」
「あの人なら離れて活動していますよ。順調の様ですね」
「そうか・・・ずっとその状態にするのか?」
一瞬言おうか迷ったが、言う事にしよう。
「いいえ、その状態って私からすれば身を削っているんですよね。・・・ですので、あの人にくっついておこうかと。情報共有も兼ねてね」
「共有・・・その間は魂の状態で移動するのか?」
「違いますよ、あの人の近くにこの身体を切り離して、あの人とくっつきます。それで、それが出来れば切り離した肉体を元あった場所に戻すだけです」
「その間、あの人はどうしているのだ?」
「大抵は見ているだけですよ。・・・流石に無意味な殺生をしようとすると止められるので、それらは基本あの人が寝てから行う事にしてますよ」
「成程・・・それで、それらはウォイスに言っているのか?」
「・・・言ってないです。なにせ、今使っている肉体は・・・」
これ以上言ったらいけない。ボロを出すのは私らしくないし、言ったらウォイス様がお怒りになってしまうだろう・・・。
「まあ、そんな所ですよ。・・・質問しても良いですか?何故私の肉体を作らないのですか?」
「仮に使ったとして、お前結局あの人にくっつくのだろう?」
「・・・ああ、納得」
あの人、という言葉の認識は私とルナしか知らない。なので、メルガはただ首を傾げているだけだった。あの人と一緒にいれば、互いの弱点を埋めてくれる。そういう意味ではとても重宝するモノなのである。ただ、この事がバレたら様々な前提条件が崩れたり、信用に欠けてしまったりするので、お互い言わないという暗黙の了解をしている。周りの反応に合わせているのが殆どなので、おそらく気付いていないだろう。主ですらも・・・。
「それでは、今日は此処に泊まって、明日からはあの人と共に事件に関わりますよ。その前にコンタクト取らないと」
「お前、コンタクトしていたのか・・・」
「?ああ、コンタクトレンズですか。確かにしてますね、青色の。って、違いますよ・・・もう」
「冗談だ。あと、今使っている肉体が何かは言わないでおくが・・・他人に見せるなよ?バレるから」
「分かってますって」
「?あの、ルナ様。会話の中身が全く分からないのですが・・・」
「知らない方が幸せの事もあるさ」
「???」
意味深な発言で更に分からなくなった様だ。まあ、情報無しで考えればそうなるだろう。
そして結局、この日は何をする事もなく終わった訳である。

====================

・・・。
時は満ち、もうまもらく変化の時がやってくる。雨だって構わない。
さて、その時まで一体何をしようか。一日で出来る事はそう多くない。
試しにガナールを呼んでみるのも構わないだろう。だが、単独行動を起こしている以上、会うのは厳しいだろう。
「何か隠し事をしている様にも見えるからな・・・」
奴は一体何を考えているのだろう?奴程ではないが、俺も一応それなりに心理学の心得は得ているつもりだ。何かをしようとしているのは分かる。この事件に積極的に関わろうとしているのだろうか、もしくはそのどさくさに紛れて何かを探っているのか・・・。
(まあ構わない。俺の過去を探そうとしても、見つかる筈がないのだ・・・)
まあ奴の事だ、俺がアファレイド王宮の従者をしていた頃の出来事や出自は掴んでいる事だろう。そこは存じて受け入れよう。ただ、一つ疑問があった。その疑問を聞いてみるまでは、油断は出来ない。
二つ考えたのだ。一つは一方が幻で出来ている場合。もう一つはどちらかの精神が死体に乗り移っている場合だ。後者の場合、分離が出来る事を証明するので、そうすれば奴が一体何をしているのか検討がつかなくなる。術さえ知っていれば出来る事だ、交代している場合だってある。その時はもうお手上げだ。素直に負けを認めるしかないだろう。だが、俺は主。負けを認めたとて、殺される事もない。殺せない体なのだ、当然だ。
答え合わせをするのにはまだ早い。もう少し、時間が経ってからだ。いずれ、奴と共に行動する時間が来る筈だ。その時に聞けば良い。
「ガナールの残り仕事、終わらせるか」
俺はフードを深く被り、奴が行っていた場所に向かう事にした。

====================

続く。

next 2-06章 a venom fang

ノヴァ・アッシュはくろろ宅より。他の子もそろそろ出したいと思ってます。

一応これで長い前座は終わったつもりです。この章本番はこれからだったり。あとどれくらいやるのかも検討がつかないな・・・

幻想の赤月 2-04章 Bat cage

 

「・・・ようやく着いたぜ。カオスエメラルドの反応も全く無かったな」
俺がそう口ずさむと、彼らは先の灯りを見た。
此処は宗教都市で有名なアポトスである。宗教的な意味では聖地とされている事が多く、此処の人々は特定の日に祈りを捧げているらしい。此処で崇拝されている神は様々ではあるが、創造した四人(?)の神々を崇拝する宗派が多い。他の宗派同士で争うのは基本的に全体の宗派でもタブーとされてきているので、よほどの事が無い限りそういった事は無いらしい。
少々北側に行った割には、それなりに冷たいと思った。というのも、此処の都市は異変が起きる前から山脈があり、1000m程あるとされている。の、だが・・・。
「変ですよ、此処の高度1200m前後あるのですから。地震の形跡も無いですし」
異変の影響からだろう。皆が若干苦しそうな表情をしているのは、急激な変化で高山病に近い症状が現れているからだろうか。
「服装の程は大丈夫だよな?」
「ああ、大丈夫だ。・・・というよりもお前がいればどうにかなるだろう」
確かに、有名人が此処ではあまり見かける事も無いから、俺がいたら食いついてきそうだ。
「・・・でも、気持ち悪いぜ。クラクラするのだが・・・」
後ろでひょろひょろと歩いてくるシルバーは、完全に高山病にかかっている。もうすぐだ、もうすぐだと声を聞いて一生懸命だったのだから、本当にお疲れ様と言いたい。
とはいえ、歩きで1000m行くと何時間もかかるので、俺とシャドウは走って、シルバーとシェイドは魔法や超能力で飛んで行ったのだが、逆にそれが仇となったのかもしれない。
「まあ、病院に行けば酸素ボンベとかあるだろう・・・高山地帯だしな」
「悪い・・・」
とりあえずは病院を探して見つけるのが一番だろうか。シャドウが面倒を見てくれると言ってきたので、俺とシェイドは病院を探す事にした。

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アファレイドにて

「あ、ガナール・・・!?どうしたんだ?」
ルナの研究所にはガナールの様にルナに作られた人達が住んでいる。入ってきて早々に心配してくれたのは、その人の内の一人、メルガである。彼はその人達の中でも一番常識人に近く、銃の扱いに長けており、その能力が買われて一部の部隊の隊長を務めていると聞く。
「メルガ、急いでルナを此処に呼んでくれ」
「ああ、分かった!!」
大急ぎでルナを呼びに奥へと駆け込んだ。本当に彼は話が早くて助かる。
一息ついた所で、俺はガナールの様子を改めて見てみた。
「気分はどうだ?」
「まだ優れてません・・・動けない・・・」
言葉は大分マシにはなったが、まだ後遺症が残っている様だ。いつまでこれが続くのかは俺には分からないが、少なくとも今日一日はこれが続くと見て良いだろう。
「ウォイスー、ルナ様を呼んだぞ!!」
「・・・薬を服用したのか」
ガナールの様子を見て、彼はそう言う。
「ああ、その通りだ。副作用の効果が以前と比べて酷かった。どうも体がまともに動けてないらしい」
「そうか・・・ちょっと研究室に来い、治してやるから。メルガ、ガナールをおぶってくれ」
「了解です」
「ありがとう、ございます・・・」
ガナールはただそう言うしかなかった。俺はメルガを助けながら、研究室へ向かう事にした。

 

「心拍数に異常なし・・・意識に若干の障害あり、体の一部に麻痺に近い症状が出ている・・・。あと、若干の幻覚が見えていると。ふむ、確かに以前よりも症状が重くなっているな」
あらゆる部分を診察してみると、ガナールは自身が思っている以上に症状が出ていた。かなり可哀想な事になっている。
「・・・薬漬けになりそうだな」
「大丈夫だ、あの液体の中に入っとけば数時間で元に戻る範囲だ」
「液体・・・服は脱いだ方が良いよな?」
「服は・・・・・・良いです、このまま、入りたい」
「だってさ、ガナールこの中に入っててくれ」
水色の液体がガラスの円の中に入っている。理屈だけで説明するのは無理だが、回復の効果をもたらしてくれるらしい。前試しに一回入ってみたのだが、俺は全然回復したという気分にはなれなかった。なのでこれは、彼が作った人々専用のモノと考えた方が妥当だろう。
ぽちゃん、と音を立ててガナールは液体の中に入った。幾つかの管が中に入っていたので、自力でどうにかしようとしたが、麻痺になっているので使えず、代わりに俺がその管を付けてあげた。
「終わるのは多分5時間後だ。それまでは眠っていてくれ」
「分かりました・・・」
ルナが起動のスイッチを押すと、ぶくぶくと泡が出てきて、管の中から何か液体が出てくるのが見れた。そしてものの数秒でガナールは眠りについた。麻酔でも入れられたのだろう。この状態になると、終わるまでずっと屍の様になり、液体の中にずっと閉じ込められる。意識が飛んでいるのが唯一の救いだろう。
「これで治ると良いが・・・。それよりもウォイス、アレはよほどのことが無ければ使うなとあれほど言っただろう」
「俺は知らないぞ・・・。データの採集だけ言っていたのだから、あれはガナール本人が撃ったのだろうな。・・・まあ、止めておけと言わなかった俺の責任でもあるか」
「ええと、ルナ様、ウォイス?」
「「何だ?」」
「こんな所で喧嘩してはガナールに見られるんじゃないか?意識が飛んでいるとはいえ、聞こえている可能性はあるぞ?」
メルガがそう言うと、半ば強引に俺とルナの腕を握って研究室を出た。ウィーン、と機械音と共に扉が締まると、彼は一息ついた。
「・・・危なかった。ああいう事をあの時の奴らに聞けば確実に記憶に残るからな・・・彼処で告白すれば多分彼奴反応するぞ」
「本当なのか?」
意識が飛んでいるから、聞こえる筈が無いと思うのだが・・・どうだろうか?
「当然だろう?俺は彼処の中を直々に体験した身なんだぞ?試しにやってみるか?」
「止めとけ、ウォイスにはそんな時間は無い。・・・どうするつもりだ?ガナールは出た後もあの副作用はしばらく続くだろうし、お前はお前で姿が変わってしまうのだろう?」
俺は・・・一体何するのだろう?場所のせいもあり、このままでは此処に留まってしまう事になる。だが、そんな事をすれば確実に遅れてしまう。
・・・やむを得ない。ガナールを一時的に此処に留めて貰って、俺は俺でやるべき事をしよう。ガナールの仕事の一部を終わらさなければ。
「出かけてくる。それと、ガナールにこう言ってくれ。『副作用が完全に治まるまで此処に残っていろ』、とな」
「分かった、言っておこう。あ、それとだな・・・」
「?」
「いや、止めといた方が良いな。いってらっしゃい」
「・・・いってくる」

====================

最近は意識すら朦朧としているらしく、いつもはこうして外の景色を眺めているのだと貴方は言う。外の景色が見えるのかと聞いたみたが、どうも言っている事がどう考えてもありえない光景を言っているので、おそらくは実際に見えている光景とは異なる光景を見ているのだろう。
光景といえば、そうだ。最近地震と共に地そのものに変化が生じてきている。それが只の地震だけなら良いが、地殻変動が起きている以上、大地震が起きている可能性は大いにあるし、それはそれで大惨事だ。
これの犯人は彼である。しかしそれは決して言ってはならない。何故ならば、その『彼』は今こうしてお話をしているからだ。
本来ならば、これは止める様に説得するや、或いは無理矢理にでも止めさせたりするのだろう。しかしそれは無理なのだ。会話聞いていくと、どうも誰かが邪魔をしているのだ。ではその誰かは誰なのか?勿論、我や彼の師匠に当たるウォイスがやる筈が無い。しかし、魂離術を会得し扱える様な人材は思い浮かべた中だけで言うならば、いないのだ。
「乗り移る、って言っていたけど。その後あの頃の会話が聞こえて・・・で、その後も一度似たような光景があったかな。今度こそは完全に、って言っていたよ。・・・貴方がいる時点で、完全にその完全は成されてなかった事が証明されたけど」
「こんな身なりでも結構苦労している。其奴の乗っ取りは殆ど隙が無かった。生半可な物では会話は愚か、貴方の姿ですら見れない。強敵だよ、貴方が乗っ取った人物は。・・・其奴は誰だ?」
彼は言おうか悩んだ様な仕草をしたが、こくりと頷いて割と素直に言ってくれた。
「今僕が名乗っている名前と同じだよ。前はリーナ・・・?なんだっけ、そんな名前だったらしいよ」
「・・・?誰だ其奴は?」
「其処までは詳しくはちょっと・・・アファレイドの教師だったらしいけど」
ならば話は早い。図書館に行けば、おそらく元々の人物に関連する書物はあるだろう。駄目であれば、聞き出せば良い。だが・・・。
「そうだね、貴方じゃきっと拒絶されるだろうね」
「・・・・・・大丈夫だよ、策はちゃんとある。ずっと過ごす訳じゃないんだから、いける筈」
「ははーん、さては目の色を変える魔術を使う気だね?だったら無駄だよ」
「!?」
「だって、あの図書館魔法全く使えないよ?使おうとすると綺麗さっぱり消えちゃうの。悪戯しても無意味だったから間違いない」
・・・どうしたものか。カラーコンタクトでごまかす事が出来るのだろうか心配だ。その事を貴方に伝えると、予想を反して大きく頷いていた。
「そうだよ、それだよ!!少なくとも皆はそういう文化には疎いから、おそらく大丈夫だよ!!」
嘘は言っていないらしい。確かに、彼処は魔術や古代の文明が栄えているのだから、科学的分野となってくるとおそらく穴があったりするだろう。
おそらくこの策で行けばどうにかなるだろう。
「助かったよ。・・・ではリーナ辺の名前を探してみるか。多分行ける筈だ。その前に・・・」
我は奥を見つめる。揺らめいている炎の様な物体があり、そこには本来の我の姿が映し出されている。この姿はある人以外では見る事が出来なく、我も時々この姿をしている事を忘れてしまう。その度にその人は「自身の姿を忘れてはいけない。それは貴方の存在を表すのだから」と念を押して言ってくる。若干うんざりしていているのは此処だけの内緒だ。その人は多分我を心配してくれているのだから言ってくれるのだろうが。
「まずは、この閉鎖的空間から出なければ。幸い、此処は我の家族の人がいる。お願いすればおそらくは・・・」
「お願い、そういった事は言わないで。いつ奴が貴方の行動を見ているのか分からないの」
「見ている?・・・我を舐めて貰っては困る。我は貴方の師匠や奴ですら惑わせる事が出来る者だぞ?見られてたまるか・・・一番の幻術使いの座を渡す訳にはいかない。それが我、ガナール・イプシオンなのだから」
一番でなくてはならない。それが我の特技であり、存在意義でもある。それが無かったら、我はあの方に認めて貰えなくなる。認めて貰えなければ、誰が我を認めるというのだ?恐怖で沢山だ。
「・・・ようやく名前を言ってくれた。いつもはそんなに強固じゃないのに、何故僕に対してはそんなになるの?」
「神様気取り・・・と言えば言いのだろうか。我は貴方の才能を見出している。あの方が手をかけたのも頷ける」
「でも、あの方が手にかけたのは・・・僕を監視する為でしょ?」
「否定はしないさ。こうなる事を予期出来たのならば、おそらくはそうするだろう。・・・だが、豹変した貴方の姿を見て、彼は必死だったよ。皮肉だな、彼は滅ぼす事が彼にとっては最善の道なのだと完全に信じ込んでいる。それどころか、現状を打破しようと我々を利用しようとしている」
「・・・それを知っていながら、貴方は彼についていくの?」
「我はこの道を進んだ。後悔はしていないし、何だろう、居心地が良いんだよ」
居心地が良いなんて言葉は不適切なのかもしれない。だが、確かに其処に我は温もりを感じられたのだ。
だから、我は彼に従った。彼が微笑むその姿を、我は望んでいたのだー。


~中間~


・・・。目が覚めた時には既に痛みは和らいでいた。頭痛もしないので、おそらくは治ったのだろう。ガラスの板の先には私の後輩、メルガがいた。歪んで見えているので、多分私は液体の中にいるのだろう。彼は私が目覚めた事に気付いたらしく、近くの端末をいじって液体を取り除いた。無くなった時にはもう、私はいつもの光景が見えていた。
「ガナール、大丈夫か?後遺症は残っているか?」
「大丈夫、ありがとう。・・・まだ若干意識が朦朧としているけど」
「ウォイスから伝達だ。しばらく休めだそうだ。お前、アレ飲んだだろ」
「そうだけど・・・何か問題でもあった?」
「大アリだ。アレはよほどの事じゃなければ使わない品物。予想出来る範囲でだが、ウォイスの話でお前が無茶する所は無かった筈だ。何故使った?」
「・・・。」
理由。私は何故あんな物を使ったのだろう?メルガの言う通り、普通にやってても特に何の障害も無くそのまま達成される筈だったのだ。一体何故だろう?自分でも正直言ってよく分からないのだ。思い出せ、思い出すのだ。大事な記憶が其処にある筈だ―。
・・・・・・。
「無理矢理思い出す必要は無い。ゆっくり思い出してくれ。薬の影響はかなりあるだろうしな。あと・・・お前何者だ?」
「え・・・?」
「お前、声質似せているだろ。彼奴に」
「えーと、彼奴って誰か聞いても良い?」
「・・・忘れた」
まあ、似たような所はあるかも知れないし、正直微妙な所である。無意識にやっていた可能性だってあるのだし。
「まあ、頭の隅にでも置いといておくよ。じゃあ行ってくるよ」
そう言って外を出ようとすると、私の腕に彼が掴んだ。無理にでも行こうとすると、彼は力を強めてくる。
「・・・お願い、行かせて。私は動けるから」
「駄目だ。ウォイスが『しばらくは休んでいろ』と言われている。少なくとも今日は駄目だ」
「行かせろ!!」
「クッ・・・!!」
強引に引き剥がした。休んでいる訳にはいかないのだ。重要な情報が逃げてしまったら無意味だ。
(それに、今回に至っては自己責任で動けるんだ。邪魔はさせない・・・)
この隙を逃す訳にはいかない。彼には申し訳無いが、しばらく解かせない幻術をかける他ない。
「フェクトムフェイク!!」
「!!しまっー」
一瞬の隙や気の緩みは幻へと導く大切な要素だ。彼はピクリと動かなくなり、やがて倒れた。どうやら見事にかかってくれたらしい。彼なら冷静に突破口を見つけようとするだろうから、おそらくは大丈夫だろう。
これでしばらくは来ないであろう。倒れる音も、私が支えた事によって綺麗に消えたし、このままソファーに寝かせてやればしばらくは気づかれない筈だ。確か、此処は王宮付近だった筈なので、此処から図書館までは少々時間がかかるだろう。彼の言葉を信じるのであれば、幻術は無意味らしいので荒事は起こせないし、目の色を一時的にでも青に見せる事も不可能になる。念の為にカラーコンタクトレンズ(何故か此処には科学的物品が仕入れていないらしい)を買っておいて正解だった。目の異常等はあらかじめルナに見てもらったので、問題ない。
「うっ・・・結構来る」
インディゴのカラーコンタクトは私の目にはピッタリはまった。ただ、少々慣れていないので少し違和感を感じるが、仕方ない。服装をしっかりと整え、私は研究所を後にした。

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風向きが変わった様な気がする。急にピタリと止まったので、一瞬不思議に思えたのだが。もしかしたら、何処かにいるかもしれない。彼はそんな気がした。だから、彼は探し始めた。友人に似た人を見つける為に。
彼の勘は当たっていた様だ。どうやら、遠くから英雄らしき人物がやって来たらしい。彼が感じていた違和感の正体も奴らは知っている様で、カオスエメラルドと呼ばれる宝石を探しに此処までやって来たという。一人高山病にかかって、近くの治療室で治療をしているというらしい。
そういえばと、彼はとある事を思い出した。あれは何ヶ月前のことだったか。記憶には其処まで遠くはないのだが、確か晴れていた時に郵便の人が笑顔で送り届けてくれたのだ。その人は見た目は彼と同い年位に見えたのだが、中身はかなり幼かった記憶がある。笑顔で送り届けてくれた時には彼も若干驚いたのだが、そんな事よりも、手紙の内容の方に驚かされる事になった。
手紙、とは言っても彼は文字が読めない。なので、ボイスレコーダーが代わりに入っている事が殆どなのだ。しかし、今回は手紙で来ていた。上にボタンがあった事に気付いた彼は、試しにそのボタンを押してみると、声が聞こえてきたのだ。
『アッシュ君、お久しぶり。元気にしているかな?』
その声の主が一体何者なのかは分からなかったが、口調や声、雰囲気からおそらくはあの人なのだろう。声は続く。
『僕、今はウォイスさんの弟子として魔法を勉強しているんだ。小さい頃からずっと見ていたんだけど、凄いんだよ!?僕の知らない魔法を沢山知っているんだ。どうやったらそんな風に出来るか聞いてみたんだけど、よく分からなくてさー』
何の為の手紙だろうか。ウォイスというと、彼の友達の師匠でもあった筈だ。直接対面して会話をした事は殆ど無かったので、彼が具体的にどんな人かは知らなかったのだが、とても冷たい目をしていたのと、仏頂面をしていることは覚えていた。友達との仲はそれほど良かったらしく、悪戯をして困らせてきたと自身がそう言ってきた。
と、そうこう考えている内に遠くから『早く本題に入れ』という声が聞こえた。声の主とは違う誰かだろうが、おそらくはウォイスだろう。
『ごめんなさい。えっとね、近い内に君に会う事になりそうなんだ。それでね、お願いがあるんだよ』
「・・・お願い?」
『僕の身分はウォイスが保護しているから問題ないけど、いつも通りの名前を言っちゃうと大変な事になるんだって。公では僕とウォイスは行方不明のままだからって。だからね、偽名を使う事になったんだ。お願いというのはね、第三者がいたら僕の名前じゃなくて、偽名の方で読んで欲しいんだ』
偽名の意味は何となく分かっていた。確かに、声の主がそのまま名乗ったら大事になりそうだ。
『偽名はね、シェイドっていう名前にしたの。シェイド・サンシャ。これからはシェイドって呼んで欲しいんだ』
『出してすぐに彼に会う事はおそらく出来ない。多分三ヶ月後位になりそうだ。彼は無事だ、安心してくれ』
『これだけ伝えたかったんだ。名前完全に覚えたら、この手紙は捨てておいてね。情報が漏れると大変なんだ。一方的で申し訳ないけど、お願いね。じゃあ、切るよ。元気でいてね!!』
と、此処まででプツリと音声が切れた。
「シェイド・・・シェイド・サンシャ。それが彼の名前か。彼が考えたのだろうか」
とにかく、名前は覚えたので、直ぐにその手紙は声の主の言う通りにクシャクシャにして捨てた。


探してみると、確かに彼はいた。見知らぬ連中3人いたのだが、おそらくはその英雄という人々なのだろう。その内1人は酸素ボンベを吸って呼吸を安定させようとしており、一番最初に彼の存在に気付いた。
「・・・赤いコウモリだ」
その人の声に気付いたらしく、声の主はすぐに振り返った。振り返ったその姿は本当に彼奴そっくりである。
「!!アッシュ!?」
「・・・久しいな、シェイド」
なんて言えばよく分からなかったので、とりあえず彼は偽名の方を言っておいた。

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「此処が図書館かー・・・広いなぁ」
武器も一通り研究所に置いてあったので、問題はない。
最初に驚いたのは、広さだ。王宮付近という事もあり、図書館はとても広く、何段にも重ねられた棚の中には沢山の本が置いてある。私も生まれた直後は此処の書物で勉強をしたものだ。此処にいれば多方の知識は入れられるだろう。
さて、本題の『リーナ』と呼ばれた人を私は本で調べたいのだが、ざっと見た感じでは先生に関連する項目や、魔導学校に関連する項目辺が丁度良いのだろう。早速、私は此処の中では一番有名な学校を開いた。
『アファレイド魔導学校
 王国直々の学校。初等部・中等部・高等部の三つの部があるのだが、これとは別に部があるという噂もある。基本的に王宮に直属している人々は此処で学んでいる事が多い。今年の主席はシアン・クロックリバーであり、彼女は生活魔術分野においてはかの有名なウォイス氏を上回るという。
先生も多くは此処の出身である事が多く、高等部に行くと一人一人が何らかのスペシャリストである場合が殆どだったりする。・・・』
シアン・クロックリバーと呼ばれた女性の写真があったが、そんな事はどうでも良い事である。教師を探さなければ。

2時間程かけて本を探したのだが、全くと言って良いぐらい教師の表が無かった。やっぱりプライバシーの侵害になりかねないのだろうか。
ダメ元でとりあえず受付の人に聞いてみる事にした。
「あの、すみません。魔導学校の教師について調べたいのですが」
「ああ、悪いがそれは今扱えない情報になっていてね。許可書が無いと無理なんだよ。悪いが、引き取って貰えるかね?」
「ええ!?」
思わず叫んでしまった。なら、どうすれば良いのだろう。魔術は効かないとは聞いていたので、抵抗は出来ない。とはいえ、私だってそういう訳にはいかない。少々粘る事にした。
「ウォイス様のご命令でもですか?」
「ああ、駄目だ。そもそも貴方は何者だ。見かけない顔なのだが」
「・・・ウォイス様の従者ですよ」
「駄目だな、本人も来て貰えないと。お引き取りください」
ウォイス、という名前を使っても首を縦に振ってくれそうに無かった。どうやっても無理そうだったので、私は引き返そうとした。・・・そう、声をかけられるその時までは。
「そこの貴方、少しよろしいでしょうか?」
不意にそんな声が聞こえたので、私は振り返った。最初手の方に目が行ったのだが、筋が出ている辺、それなりに年齢は行っている様だ。私はその人の顔を見てみると、サイドテールの髪が出ており、肩辺まである前髪は結構鋭かった。あと、何故か片眼鏡をしているのが見えた。視力でも悪いのだろうか。
「貴方、ウォイス様の従者なのですか?」
「え、ええ・・・」
「では、貴方はガナールという者で?」
「そうですけど・・・あの、意図が見えてこないのですが」
「成程・・・少しお話がしたいので、ちょっと良いですかね?」
「はぁ、まあ、良いですけど・・・お名前をお聞かせしても?」
「ああ、これは失礼致しました。私はノヴァ・リヴェルと申します」
その中年は、そう言うと親切ご丁寧にお辞儀をしてきた。

====================

続く。

next 2-05章 Identification

かなりの進展があった様な気がする。

幻想の赤月 2-03章 Scream


端末のインプット完了まであと20%。
これが終われば、次はその周辺の端末をハッキング、情報を得る算段である。勿論、それまでに出てくる敵は一匹残らず排除する。当然のことだ。
ほくそ笑んでいるのは何処の人間だ?
「人間だの機械だのでどうこう言う辺、生命体らしいな」
生命体、果たして自分は生命体なのだろうか?
背後にいる敵はそう言っていた。そうだ、これはあの時いた―
「・・・?」
「インプットしている内容以上に無表情だな・・・」
メイドロボット。自分は知っている。このメイドロボットは失敗作だった事を。そして、奴は彼奴らの配下にある事を。自分以上に言葉を発せているけれども、心があるからではない。そうプログラムされているのだ。自分と似た者同士という訳だ。
「まあ、多分同一人物だろう。貴様を排除しにー」
ロボットは言いかけた。排除しに来たと。排除という言葉に反応した私は容赦無く鎌を振り回す。避けるのに必死で、言い切れなかったらしい。
「・・・此奴、一体何者なのだ・・・?」
「私はガナール・イプシオンと申します。今日は貴方のご主人に関する情報の一部をインストールする為に此処に参りました」
「そんな事分かっている。感情を持つとはデータにあったのだが、どうしたのだ・・・?」
「邪魔する様なら排除します。しないなら早く消えてください。10秒以内にこの部屋から立ち去らねば敵とみなします」
相手は疑問ばかり投げかけてくるが、そんなの知ったこっちゃない。話は聞いてくれそうにない、そう判断したロボットは持っていたモップを自分に向けた。―先は刃になっていて、正直危ない所だ。
「生命体と機械人間・・・どっちが凄いのだろうかね?」
「二つも素晴らしい技術の結晶です。差別化は不可能です。工学か生物学に科学を入れた物、ジャンルが違いすぎます」
一歩引いて、目を閉じる。一瞬でも隙が生じれば自分は斬れれてしまう事だろう。怪我をすれば、修復は難しそうである。向こうはアンドロイドの様なロボットだから、修復するのは自分よりも大変そうだ。
「短時間で決める―」
集中した。頬辺が若干熱く感じられた。ロボットは自分が最初から本気である事を分かったのだろうか、向こうも二刀流をしている。まあ、自分の本気を出す姿は他の人よりも直ぐに分かるであろう。印が出てくるのだから。
「素晴らしい魔力だ。貴方の体の一部を利用すればご主人様もお喜びになられる・・・!!」
興奮しているのが見て取れた。元々あの子にそんな感情があったかどうかは疑問に感じてはいるが、自分にそんな余裕など存在しなかった。

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「待たせて本当にすまなかった」
待ち合わせの時刻でやって来たシャドウが最初に言った言葉だ。彼も彼でとても忙しかっただろうし、大量の仕事を一日で終わらせた上でこうして普通に会話する状況を作ったと思うと、むしろ逆に不安になってしまう位頑張ったんだろうなと思ってしまう。
・・・最も、彼に疲れの表情が現れてなく平然としていたから多分いらぬ心配なのだろうけれども。
「本当に申し訳ないな・・・この事件終わったら何かおごってやるよ。疲れてないのか?」
「所詮事後処理だ。直接命に関連する事はしていないだけまだ・・・。それよりも、ウォイスはどうした?」
「ウォイスさんは・・・いなくなりましたよ」
「・・・?どういう事だ?」
「ああ、それがだな・・・」

 

『ちょっと訳があって離れないといけなくなったんだ』
朝起きてきて、早々そう言った。俺はあらかじめ言われていたので問題は無かったのだが、他の人からすればそれはあまりにも唐突だったので唖然としていた。「言い出しっぺが何故このタイミングで?」とソニックはそう尋ねてみたのだが、
『こっちもかなり大事なのだが、他にも大事な面があるから』
と申し訳なさそうに言っていたのは今でも覚えている。
俺とソニックは他の大事な面がなんの事だか分かっていたから問題は無かったし、ソニックはそれで納得した。だが、シェイドはそういう訳にもいかない。だから、「僕も連れていって」と言った。だが、
『こっちにもプライベートがあるのだ』
と言って、理由をはぐらかしながらもその要望を拒否した。後ろめたい事、見せない方が良い様な事をプライベートという言葉だけで終わらせられるという意味では、プライベートがどれほど万能かを知る事にはなった。しかし、この嘘が何度も続けられる訳ではなさげだ。
「なるべく早めに終わらせろよ?」
事情を知っていての発言だ。ウォイスはただ『ああ』としか言わなかったが、若干悲しげな目つきをしていた所が不思議に思えた。

 

「という訳でな、ウォイスはしばらくは単独行動を起こすみたいだ」
「なるほどな・・・」
シェイドがいるので、いなくなった本当の意味を話す事は出来ない。ただ、察しはついた様で、シャドウは納得したかの様にただただ頷いていた。
「彼がそうしたいと言うならそうしておくか。まあ彼の事だからやらかしたりはしないだろうしな・・・」
「シェイドの世話は俺達でやっておくから、な?」
「・・・僕を子ども扱いしないでくださいよ~。僕これでも貴方達と殆ど同い年に近い年齢なんですよ~?」
「え、そうだったのか・・・!?悪い・・・」
衝撃の事実発覚。なんとシェイドが俺達と歳が近い事が分かった。シャドウはまあコールドスリープがどうとかソニックが言ったので、実年齢と肉体的な年齢・精神的な年齢はズレが生じているのは分かっているのはまあ別件としても、俺やソニックで歳近いという事は、13~16歳辺なのだろうか。それにしても若い。ウォイスの話を聞いても子どもなんだろうなとは思っていたが・・・。
「もう、僕これでも14歳なんですよ?失礼しちゃうなぁ」
「1歳年下か!!」
現時点で、俺は15歳になっている。という事は学校であれば同じになっている可能性もある。まあ彼の誕生日が分からないのでアレではあるが・・・。
「な~んだ、俺達と殆ど変わらないじゃないか!!これから普通に呼び合おうぜ、my friend?」
「は、はぁ・・・」
急にテンションが上がったソニックに、シェイドは引いていた。まあウォイスが小さい頃から世話してきたって言うのだから、敬語を使うのが当たり前になっていたのだろう。
そんな事よりも、年齢話についていけないシャドウの方が可哀想に見えてきた。完全においてけぼりだ。
「あー・・・シャドウ、大丈夫か?」
「・・・帰っていいか?」
「止めてくれ、俺が苦労するから」
「ならさっさと出発しろ」
「分かったから・・・」

====================

さよなら、故郷よ。
俺はあの故郷の事が大好きだった。
これが何番目の故郷かは忘れてしまったけれども。いや、覚えていないのだ。
また、あの故郷に戻る日々は来るのだろうか。少なくとも俺が平穏に故郷に住む事はもう二度と出来ないだろう。
愛しいあの子は一体何処へ行ったのやら・・・

 

「久々だな、あの時以外で一人で過ごすのは」
伸びをしながらも、遠くに見えるあの景色はいつも綺麗なままだ。いつまでも、その輝きを照らし出して欲しいものである。
自分の故郷の一つ、アファレイド魔導王国を遠目ながら見ていた。あの頃はとても良かった。あの頃は・・・。
そう思えると、やっぱりあの紅月がとても憎たらしく感じられる。あの頃の記憶の殆どが彼奴によって汚されてしまった。絶対に許せない。個人的な恨みも込めてはいるけれども。大切な友人を亡くした恨みは強い。
ラネリウス、ノヴァ、ディアネス、ハルチア、ラヌメット、ガラル、アルマ・・・此処で様々な人物と出会い、そして多くの人の亡くなる所を見てきた。今ではディアネスとハルチアとラヌメット以外は皆亡くなったり、消息不明となっている。自分一人では限度を感じていて、何とも歯がゆい光景だ。王宮を始めとする国民は皆無事だろうか。急激な変化についていけてるのだろうか。そう思うと、いてもたってもいられなくなる。
あの国は自分を必要としている。だが、自分が来ればおそらく彼奴も― だから、自分は彼奴の脅威を壊すしかないのだ。
「必ず、俺やソニックがこの世界を救ってみせる・・・必ず、必ず・・・」
そうじゃないと、皆が報われないのだから。そう言い聞かせた。

====================

「ちっ、感情を麻痺しているからって本気出しやがって・・・!!」
モップ(に見える刀)を振り上げているが、ガナールは首を動かして華麗に避ける。そして、其処から近づいていく。ロボットの方の刃はとても長く、此処まで来ると正直その長い刃が邪魔になってくる。短い刃の方が有利という訳だ。ナイフを握りしめ、振り下ろしていく。―貫通しかけた。モップの抜かれた部分を上手く利用して、ロボットはその短い刃を受け止めた。・・・動揺の色が見えた。無理と悟ったガナールは、そのままモップの抜かれた部分を文字通り真っ二つにして、距離を取った。そして・・・咳き込んだ。
「ゴボッ」
副作用が体を蝕んでいる様で、ガナールは必死にそれを隠した。だが、膝は地をついていて、その努力は正直無に近い。勿論ロボットがその隙を見逃す筈も無く、接近していく。
「・・・!!」
ギリギリだったが、帽子の額に当たる部分が切られた。金属部分だった為怪我はしなかったが、ガナールは名誉を傷付いた様な気分になった。傷を付けたのが今回が初めてだからだ。肉体的ダメージよりも精神的ダメージの方が大きい。
「貴様・・・!!」
獣の様な唸り声をあげながら近づくガナール。だが、獣はとある音を聞くと、直ぐに理性を取り戻す事となった。
『端末のインプットが完了しました』
「!!」
端末を取り出し、すぐにガナールはテレポートした。煙玉を使って逃げる事も考えはしたが、相手はロボット。赤外線センサーがあったら御終いだし、自分も視界が奪われる事を恐れていたのだろう。
「あ、待てっ!!」

 

テレポートした先は、原っぱだった。移動した直後、ガナールは副作用の効果が強すぎたのか、そのまま倒れてしまった。
「・・・ケホ、ケホ・・・そうか、薬を服用して、それで端末を・・・」
感情麻痺が解けてきたのか、表情は苦しみの色になった。ガナール・・・私が何も感じていない内に人々を切り刻んだりしていたのかもしれない。残念ながら、麻痺が発生している間は記憶が曖昧になってしまう。でも戦ったのだけは覚えていた。
誰かがこっちに歩み寄ってくる。先程の戦闘で体が動けないし、首を上げる事ですら困難の様だ。敵だったらもはやなす術も無い。家に戻る手段もあったけれど、これも結構時間がかかりそう。せめてあと1分あれば・・・
足音は私の目の前で止まった。青いブーツが映っていて、それだけでは敵か味方も分からない。相手がしゃがみこんだ所で、私はようやく相手が誰か分かる事になった。
「大丈夫か?」
「・・・ウォ、イス様・・・?」
「ああ。・・・もしかしてあの薬を使ったのか?」
「ええ・・・使いました。副作用がかなり強いので、よっぽどの事が無い限り使わない様にはしてたのですが・・・」
感情麻痺をさせる薬の副作用は大きすぎる。効果が効く直前は激しい頭痛に見舞われ、効果が続く間は記憶が曖昧になり、効果が切れた後はこうして一時的に疲れで体が動けなくなる。場合によっては幻聴や幻覚、二日酔いに似た症状が出てくる事もあり、危険である。本来なら使う事すら止めるべきなのだ。
そうまでして、服用する理由は基本的には只一つ。『仲が良かった人が敵に回った時に対処する』為だ。感情を持たぬ機械になれば、そういった事もせずに済む。しかし、感情を持たなければ心理学等役に立たない。中間に位置する為の行為に過ぎないという訳だ。
ウォイス様がそれをしようとするのは本当に稀だ。これを服用したのは、ソニックらと戦闘した時位だ。あれは状況が特殊だったので、他の理由で使ったが、副作用があまりにも大きすぎたので、それ以来は全く使わなかった。その位ならば、泣いてしまった方が楽の様な気がするのだ。
「アファレイドに俺の家がある。ルナもきっといるだろうから、それでちょっと治療を頼むか・・・動けるか?」
「一応、・・・っ」
何とか立ったが、立つのが限界だ。よろけそうになった所をウォイス様は支えた。そして、おぶった。
「シェイドさん、は?」
「・・・どうにかして逃げたよ。満月まであと少しだし」
「明日、でしたっけ・・・?」
「ああ。・・・データ、ありがとう。後は俺が片付けておくさ」
「ありがとう、ございます。その、えっと、何が入って、いるのですか・・・?」
「?ああ、これ、禁術が入ったデータが沢山積まれているのだ。あと、作戦内容も入ってる」
「・・・き、じゅつ?」
「まあ細かい事はルナの所に行ってからだな。今のお前じゃまともに会話出来そうにないだろうし」
「すみません・・・」
「良いんだよ、ちゃんとやってくれてるから」
ウォイス様がそう言うと、南の方角にある大きな街に向けて飛んだ。私を背中に抱えながら・・・。

====================

続く

next 2-04章 Bat cage

日記ノ二十六ノ巻~my dreamer

風の様に自由に舞い踊る。

非日常的な日々は、いつしか日常になって、日常は非日常へと変わっていく。

私はそれで構わなかった。何度もやって慣れた事だ。

だから、牙を剥いた貴方のその姿を見ても、混乱はしない。

恐いに決まっている。命が狙われている事を知っていれば、当然の事だ。

貴方はきっとそんなの微塵にも思っていない。なのに、防衛心だけは立派に残っている。死にたくない、死にたくないと必死に抵抗している。

よく分からないのだ。

「風を操ると言ったら君の事じゃないか。シルフィ」

「知らないわ。貴方は一体何を言っているのかしらね。貴方こそ、風の意思を引き継いでいるじゃない」

「ソニックの事か?・・・確かにちょっとは前向きに考えられる様にはなったかも」

損失の恐怖を味わった貴方であるならば、きっと貴方は次の世代に伝わってくれる筈だ。私がその世代に伝える事は難しいだろうけれども、彼が伝えてくれればそれで良い。

「んー・・・でも、結局俺は俺なんだな、っていう結論に至っちゃうんだよな」

「変わろうとする心を持っているだけでも、十分素敵だと私は思うよ?そんな勇気持っている人なんて本当に稀なんだから」

変わろうとしても、恐怖で変われないままでいる人が身近にいる。私も恐怖を抱いているけど、その人はもっとだ。もしかしたら、私達の中では一番臆病者なのかもしれない。・・・その臆病者が一連の物語の鍵を握る人物の一人だったりするから、本当に物語は普通じゃない出来事が沢山詰まっているのだと言えると思う。

「勇敢に立ち向かおうとしている貴方の姿を見て、皆が真似をし始める。貴方のやった事が大勢の心を引き立っているのよ?」

「大げさだなぁ・・・シルフィは。俺はちゃんとやるべき事をやっているだけなのに。・・・まあ、誰かの心が救われたら俺は幸せだな」

そう言いながら、アネモネの花を摘んで、花飾りにした。只の花なので、しばらくすれば、枯れてしまうだろう。

「大丈夫、凍らせたから。ブリザードフラワーにしたんだ」

「・・・一応言っておくけど、ブリザードフラワーは違うの。本当は『プリザーブドフラワー』って言うの」

「え?そうなのか?」

「そうよ。瞬間的に凍らせるんじゃない。水分は完全に飛んでいるのよ。乾燥させると食物も長く持つでしょ?凍らせても意味無いわよ?」

「そ、そんな・・・」

ガックリしているその姿とほぼ同時に花びらが何枚か飛んで行ったのが見えた。どうやら今の今まで勘違いをしていたらしい。

 

 

花を飾っている中、一人紛れ込んでいる変な人がいた。

「~!!」

私達は、その存在に気付く事は無かった。

「そろそろ戻りましょ。ウォイス達がきっとパーティーを始める頃だろうから」

「ああ、そうだな・・・」

プリザーブド。保持・・・。そういえば、彼はウォイスとルナにお願いして貰って、不老(或いは不老に近い存在)になったと言っていた。つまり、何かを施した筈なのだ。もし、プリザーブドフラワーの様に乾燥させていたとしたら・・・。

(なんて、肌はちゃんと潤っているから違うよね・・・あの人に何をしたのかしら・・・)

考えるだけ無駄だ。そんなのお飾りに過ぎないのだから。あまり深く考える事はせずに、私は放置していた。

 

 

幻想の赤月 2-02章 Floating

夜中

 

「ちゃんと一人やっつけましたよ。・・・残念ながらそれは中心ではありませんでしたけど」
「・・・本当にやったんだな、やはり凄いよ、お前は。僅か一日でそれを成し遂げるとは。心は痛まないのか?」
「まさか。そうしたのは他でもない、貴方様ではないですか」
「それもそうだな・・・という事はあんなになったのは」
「―妨害が無ければ、全てはちゃんと出来ていましたよ。それがあの子が必死に私の手を押さえつけるんですよ。『もうこれ以上手を汚す様な事は止めて』、ですって!!笑えますよ、その為に私が生まれたのに!!」
「・・・そんなに壊すのが好きなのか。一歩間違えたら第二の紅月になりかねないな・・・・・・どうやら俺はとんでもないものを作ったらしい」
「―?とんでもないものとは酷いですね、私は・・・」
『「俺」「貴方様」によって作られた存在「だからな」「ですから」』
「アハハ、重なっちゃいましたね。それはそうと、もうすぐ満月じゃないですか。どうするのです?あの満月姿、あの子は一回見た事があるんですか?」
「・・・一度も見せた事が無い。紅月ですら俺の弟子だった頃は見せなかった。見せたのは―彼奴らだけだ」
「・・・・・・成程。じゃあ、隠れてないといけないですよね。ちゃんと理由付けて行かなくては、多分あの子ついていきますよ。生半可なものではまず通らないでしょうね。どうするのです?」
「その時はお前が俺の代わりをやれ」
「え、ええ!?それは流石に無理ですよ・・・幾ら私が幻術使いだからって、ずっとそれをやっていたら私にまで影響が・・・・・・」
「・・・冗談だから真に受けるな」
「貴方の冗談は分かりにくいのでお願いですから真剣な時はちゃんとしてくださいよ・・・まあ良いです、その後はどうしましょう?」
「さあな、正直に言えば、俺もこの後どうなるかもよく分からないんだ。ただ・・・彼奴がいる所に行く事になるかな」
「―彼奴?」
「まあ、彼奴とはあまり接点が無いからな・・・友人の友人だしな。まだ近い方かもしれないが。行ってみる価値はあるだろう」
「・・・一緒に行けないのですか?」
「出来れば止めて欲しい。・・・命令ではない、お願い程度だ」
「・・・分かりました。」
「悪いな」

===============

誰もが君みたいに音速の速さで駆け抜けるといったら大嘘だ。普通の人間であれば、そんな事したら顔が潰れそうな位であろう。あんな事が出来るのは、我らの様な種族・・・面倒なのでヒトと呼ぶ事にしよう。ヒトしか出来ない。
此処は人とヒトが共存している世界である。何故なら、差が殆ど無いからだ。ヒトは皆小さく、力強いのが特徴ではあるのだが、その能力を使うのにもそれなりの代償がいるという訳である。人は大きく、其処まで強くないのだが、能力を使う際にはよほどの事が無い限りデメリットは無い、らしい。
「お前の方がよっぽど非現実的じゃないか。超能力を使っているのは言い逃れ出来ないけどさ、あれほど証明出来る物もないだろ」
「違う、あれは超能力に値しないって何度も言っているだろうが。ああ、もう格好良く言おうとしたのに!!」
「お前の主観はそうかもしれないけど・・・なぁ?シェイド、やっぱりアレは超能力だと思うか?」
「え!?え、えーっと・・・はい、あんなのは今まで見た事無いですし、やっぱり超能力ですよ」
シェイドもそう言っていた。果たして俺の持つその能力を何処まで知っているのかは俺にはさっぱり分からなかったのだが。
ああもう、面倒な事になっている。俺の能力は一体どうやって説明をすれば良いんだ。いや、皆の能力そのものの説明をどうすれば良いんだ。
「あーもう!!お前ら俺を弄り回すのは止めろよ!!」
「アハハ!!」
「・・・。」
俺達三人が笑いながら話すのに対し、ウォイスは溜息をついてぼんやりと空を見ていた。何処か浮かない顔をしている。気になった俺は声をかけてみることにした。
「どうした?」
「・・・。」
声をかけても何も返事をせず、ただぼっとしている。俺は彼の前に手を振ってみる。
「お~いってば」
「・・・ああ、シルバーか。どうした?」
「どうしたって・・・お前なんか調子可笑しいぞ?」
「・・・気のせいじゃないか?それよりも、丁度良かった。ちょっと話がある」
「え?」
大声を出しそうになったが、それより先に彼が耳元で囁いてきた。
「夜の11時にこの建物の屋上に来い。一人で来てくれ、他の人にはちょっとばかり話しておけない内容だから」
「あ、ああ・・・。とりあえず、元気出していこうぜ、な?丁度此処には美味しい食べ物ばかりが集まる所だからさ、食べて元気出そうぜ?」
「そうするよ。どうやら少し疲れている様だな・・・美味しい食べ物があるんだもんな、後で食べてみるか」
そう言うと、彼は微笑んだ。自然な微笑みに俺は若干違和感を感じた。
(・・・?何か変だぞ?)
「・・・風呂にでも入って楽にしているか」
そう言うと、彼はそのまま風呂場の方に行ってしまった。ただ、その時にはその違和感も何処かすんなりと消えていた。
多分俺は昨日の戦いできっと疲れているんだろう。そりゃそうだ。散々歩かされた後にあんな事件に立ち会えば、疲れるに決まっている。だから今日休んで明日に備えるんじゃないか。
そう考えてきたら、消えていた違和感も忘れてしまった。どうやら、俺は本当に疲れているらしい。
「いや~俺達も疲れているんだしさ、食事回りよりも普通に此処で食べた方が良いんじゃないか?こっちのご飯、すっごく美味しいぞ?」
ソニックが呑気にそんな事を言っている内にも、きっとこの感情は忘れてしまうだろう。

===============

「えーっと、11時って言っていたけどさ。これで良かったか?うう、寒い・・・」
「悪いな。あんまりあの子に言いたくないのさ。―ハイ、これ。羽織っていろ」
ウォイスはそう言うと、コートを渡した。
「せんきゅ。・・・言いたくない用事ってことはやっぱり・・・?」
「・・・もうすぐ満月だ」
そう言うと彼は空を見上げる。満月、新月、三日月・・・皆が趣があると言われている様な月ではなかったけれど、綺麗な丸を描きそうで描けない様な楕円形をしている月が辺を照らす。
何故、今頃そんな事を言うのだろう?俺やソニックは彼が狼男の様な症状を持つ事は分かっているし、それで何度も苦しめられた。何故・・・?
「満月になると姿が変わる事・・・それに何か問題でもあるのか?」
「見られたらマズイという話だ」
「見られたらマズイ・・・?」
「お前はアファレイドの住む人々の特徴を知っているか?」
「いや・・・俺は全く・・・というよりも何故それに関連するんだ?」
「アファレイド生まれの人は全員目の色は青だ。わざわざ外国の人との婚約に制限を付けたりしている程、その文化を尊重している」
「・・・あ、そうか。あの姿になるとお前は瞳が・・・。ついでに、アファレイド周辺は目の色が違うだけで差別を受けるとも聞いた事があるな」
「ご名答だ。もうこの際言ってしまうが、あの子はアファレイド出身だ。弟子につけた時もいた時だしな」
「・・・?そしたら、今までどうやってやり過ごしたんだ?あの様子じゃ、何年か共にいたんだろ」
「俺はあの子が小さい頃こう言ったよ。『満月の夜には悪魔が出てくるから早く寝なさい』と」
「悪魔・・・?お前の事か?」
「さあな。それはさておき、だ。・・・どうも今のままだとどうしても夜中でも行動しないといけない時が出てくるだろう。それが例え悪魔が出てくる様な時間帯だったとしても・・・な」
「それがどうしたんだ?いじめられるのを恐れているのか?」
「違う。・・・単独行動をさせて欲しいのだ」
「え?だって」
「―俺はあの方の近くにいてはいけない存在だ―」
唐突に、小声で、そう呟いたのだ。いてはいけないの意味が俺にはさっぱりだった。言及はするな、という事だろうか。
「・・・分かった。あと一つだけ質問良いか?何故俺にしたんだ?ソニックやシャドウでも良かったんじゃないか?」
「もう一つ、情報を渡しておこう。むしろ、その情報がお前の胸だけに留めて欲しかったのだ」
「・・・?」
「ガナールが幹部の一人を殺した。どうも手がかりを見つけたらしくてな、お前なら分かるだろうって言ってこれを渡してきたよ」
そう言うと、密封された袋を渡した。中身を確認してみると、ひとつまみする位の大きさをした綿が入っていた。
「これ、どういう意味だ?死体の服に綿があったなんて、意味がわからないぞ」
そう言うとウォイスは綿に睨みつける。
(ああ、これは・・・。道理で違和感があった訳か。って事は彼奴と接触した形跡が残っていたという訳か)
何故あんな違和感があったのか、不思議に思ってはいた。ただ、そうすれば、何故あんな事が出来るのかを考える必要がある。明らかに非現実的だ。
「・・・其奴の名前とその近い人物は聞き出せたのか?」
「聞いたらしいな。名前はリージュ、近い人物と言っても、どうやら幹部になりたてだったらしいから、位は幹部の中でも下の方だったんだろうな・・・分からなかったよ。幹部の方で仲がそれなりに良かった奴はいたらしいが、ソイツの情報は無い」
「成程なー・・・分かった。じゃあ、俺が預かっておくよ。あと、彼奴も俺がちゃんと世話をしておくよ。・・・でも、ちゃんと言う事も大事だぞ」
「分かっているよ、それくらいは」
若干微笑んでいる様子は見られたが、心の底から笑っている様な感じはせず、冷たかった。

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The 4th day

歪な感情は捨てろ。そんな事で彼らは振り向いてはくれない。
私達が望む光景が必ずしも幸せになる訳ではない。
犠牲が伴い、其処から笑顔が溢れる物だ。
だから、私のやっている行為は間違ってない。
間違っていないのだ。
頭が痛いのであれば、感じなければ良い。
心が痛いのであれば、吐き出せば良い。
足が痛いのであれば、休めば良い。
私が痛いのであれば、消えれば良い。
ああ、私は一体何をしているのだろう。意味が分からない。
「あ・・・アアアッ!!」
頭痛。鋭利なその剣は、何を壊すおつもりだろう?―分からない。
私が今やっている行動は何か?―分からない。
ただ、理由なら分かる。『邪魔なものを取り除く為』だ。
これさえあれば、私はそれに身を投じられる。
結局、私は劣等品にしかなれない。だから頼るのだ。

毒と薬は使いよう。
皆は毒だって言うけど、私は薬に見える。
それだけの話だ。
激しい頭痛に見舞われた後、私は何もかも感じなくなった。
「・・・プログラム発見、開始。あと5分・・・」
私は端末を前に佇んでいた。

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「・・・事後報告ご苦労。お前はどうするのだ?」
「私は貴方と違って、お仕事があるのよ。まあ貴方のやる行為もお仕事の一つか」
「ああそうだ。だから後は頼むぞ・・・彼奴らが不安だしな」
「・・・なんだかんだで心配なんでしょ?」
「口裂くぞ」
「じょーだん。そんなに怒らないでって・・・」

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続く
next 2-03章 Scream

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様々な事件が沢山続き、遂には心髄にまで及んで行って、己の中でそれを重く、鋭く貫くのだ。 嘘だらけの世界で信じる事が出来るのは、己自身ただ一人。痛い思いとかしても良いんだ、嘘をつくのはもうこれで最後にしよう。だからお願い。早ク逃ゲテ。