夢想の針鼠の夢跡

物語に隠されたもう1つの物語 『過ち』を知る物語

幻想の赤月 2-07章 moon


~??年後~

私はかつてこの光景を見た事があった。そう、あの時に私は確かに壊した筈だった。壊したら、とても気分が良くなった。一生辛い事は無いんだってその時は思っていた。本気だった。
でも、実際の所は只の空虚でしかなかった事を今ようやく知った。本来起きるべき事が欠けていたから私は空虚を幸せと捉えてしまっていたという訳である。いつしか誰かが「幸せだけの世界なんて、虚しくて皮肉以外の何物でもない。天国ですらない」と言っていたが、その通りだった。最も、当時の私がそれを知っている筈もない。何で皆が哀れな目で見ていたのか、私はこの時をもってようやく知る事になった。
「・・・これで、元通りだね」
そう言って私は微笑む。目の前には辛そうに見ている彼がいた。ずっと私の体を心配にしていて、囚われた身でありながらも私の事を第一に考えてくれた。多分、彼は心に深い傷を負っていたのだろう。読まなくともそれくらい分かる。10年間、それを悔やんできた事も。
「すまなかった」
謝った光景を見たのはもしかしたら初めてだったかもしれない。今の私はあの時の壊れた頃の私ではないし、それよりも前―あの頃の私でもない。私は一体何者なのだろう?その反応に私はどう反応すれば良いのか分からなかった。
戸惑いが隠せないのが分かったのだろう、彼は肩を掴んで真剣な眼差しで私を見つめてきた。
「良いか、元通りになった所で申し訳ないがお前には役目がある。僕達の力ではどうしようもなくお前にしか出来ない役目が」
「分かっている。長年やって来た事にケリを入れないと。・・・貴方はどうするの?今此処で私を殺しても別に構わないよ」
「お前は死んではいけない存在だ。お前の存在無しでは、これの根本を排除出来ないのは知っているだろう?」
「・・・よく分かったね。いつごろからそれについて察しがついてたの?ガナールに吹き込まれた?」
「・・・。」
目を閉じて彼の心の音を聞き取ってみる。様々な音が聞こえてきて、溢れ出てくる。解答を見つけるのはそう難しくない。質問すれば多分脳で処理される際に、考えが現れる。その現れた考えこそ解答なのだ。
『壊れていた時からずっと見ていたから分からない筈が無いだろう?』
説得と後悔が効いたのだろうか。でももう今となってはどうでもいい事である。目を瞑ってはいけないのは今の出来事だ。
月が欠ける事件。
あれは解決する事前提で起こした事件だ。永久にそんな状態が続く筈がない。
「成程、まあその話は放っておくか。―じゃあ、最後。私は何者だと思う?お前の口から言って欲しいんだ」
自分に指差して、その後空に絵を描いた。当然空には何もなく、別に特に何事もなく描いている訳だが、彼にはそれがどうやって見えたのだろうか。私はとても気になっていた。
彼は深呼吸をし、そしてハッキリとした口調で私の質問に答えた。
「―お前は」

====================

~夕方~

「なあシェイド、アッシュという奴は何処にいるんだ?」
小声で俺がそう尋ねると、小声で返答する。
「教会の上にいます。まだ、日が沈みきれてないので行けないですけど。・・・その、あんまり声を出さないでくださいね」
「おう、分かっているって。とりあえずシャドウとシルバーに何か食べ物与えとかないとなー」
「ああ、それならガナールさんが『作っておきますから』って言ってましたので大丈夫です。必要なのは僕達の分だけです」
「夜中は静かになるそうだしな、早めに食っといた方が良いな。おっ、彼処シチューを作っているみたいだぜ」
建物の看板はオレンジ色の光が淡く光っていて
「シチューですか、良いですね!!夜とか寒いでしょうし、温まっておきましょうか」

「おっ、いらっしゃい!!寒い中魔物退治に行ってくれてただってな。ありがとな」
お店に入った途端、随分と大柄な男性が笑って出迎えてくれた。もうすぐ夜中になるというのにとても元気そうだ。
「いえいえ、それほどでも・・・」
温度差からなのか、照れたからなのか、少しだけ頬が赤くなっていた。
「まあ、その辺にしろよ?ちょっと冷えてきてな。シチューが食べたい」
「あいよ、ちょいと待ってくれ。ああ、お代はいらねぇ。魔物退治しに来た人には無償であげているんだ」
「おっ、おっちゃん気が利くな!!」
「ソニックさん!!いえ、ちゃんとお金は払いますよ」
シェイドは真面目な性格らしい。こういった光景に慣れてないのかは微妙だが、俺達の会話が弾んでくれないのでちょっともどかしい。
「いやいや、お前さんが来てくれればこの店は繁盛するってワケだ。それだけで十分だ」
「・・・むう」
どうやら折れた様らしく、シェイドは溜息つき「じゃあそういう事にしてくださいね」と言っておいた。

====================

「ふんふん~♪」
器用に皮をナイフで剥いていると、突如冷たい風が吹いてきた。窓は閉めていたのに風がちょっと強くなったのだろうか。一瞬彼女の事を連想したが、多分違うだろう。
「違くないわよ。風のイタズラであるのだから」
「!!ビックリした・・・」
風のイタズラで窓が開いていたらしい。何故このタイミングで彼女が来るのだろう?
「貴方は気付いてないの?」
「何にです?」
そう言ったら、そのまま剥いていた皮がポトリと地に落ちた。まるで緊張の糸がピタリと張る様に。
彼女はその落ちた皮をひょいと宙と地の間に入る様に、掴んだ。そして自分に向かって笑う。
「貴方の主、何かに取り憑かれたみたいに暴れているわよ?」
・・・魔力のブレからしても、暴れているのは一目瞭然だ。何に対して暴れているのかはよく分からないのだが、遠くからでも気付くという事は相当なのだろう。彼女は続ける。
「彼、最近異常に苛立っている。固定概念に完全に囚われてしまっていて、私や貴方の声も届く素振りも見せない。あれじゃ多分精神的に人じゃなくなるのも時間の問題だわ。・・・どうするの?」
「―何もしなくていいよ」
「でも、彼は殺す事で終わる出来事だと思い込んでしまっている!!私やノームの力無しであの変化を0にするには危険すぎるでしょ!?」
「・・・変化を0にする事は貴方でも出来ないでしょう、シルフィ?大丈夫、あの子が勝手に動いてくれるよ。・・・まあ、もう少し刺激してみないと難しいけどね」
「あの子・・・貴方正体に気づいているの?」
「当然でしょう?あの独特なモノ、書物の文にあったモノと全く同じなのだもん。だから、彼についてはそのままにしてあげてね」
「・・・。」
何かを言ったが、先程の冷たい風のせいでその音はかき消された。何を言ったかをもう一回聞こうとするが、「なんのこと?」って言ってしらばくれてしまった。
「ああ、シルフィ。その彼は今何処にいるか分かる?」
「アファレイドにいるみたいよ」
「アファレイド・・・?」

====================

花を束ねて、目の前のお墓に花を添える。そして、お線香を炊いてその香りで俺は過去を夢見ている。花の香りは微かに俺の記憶を呼び起こしてくれる。
「・・・ラネリウス王、安心してください。この件はきちんと私が解決しますので」
王というのもあり、石碑の大きさは計り知れない。元々王がやってきた行為は人々が皆感謝していたのだから、それもあるのかもしれない。歴代の王の墓と比べまだ真新しい感じが残っていて、未だこの周辺の空気には馴染みきれてないみたいだ。
ふと、肌に冷たい雫が落ちてきた。空を見上げると、静かに雫がポタポタと流れ始めていた。浴びてくると心地よくなってくる。冬だったけれども、俺からすればまだまだだったからこうして浴びている訳だ。
「―いよいよか」
目に雫が降ってきて思わず目をつぶった。すぐに目を開けると、毛先から白く染まっていく事に気付いた。それと同時に、髪も少しずつ伸びてくる。鋭い尻尾は長くなっていき、やがては毛が生えて獣の尻尾となった。そして、瞳を開けてみると先程の姿とは真逆の真っ白の狼になっていた。
「・・・。」
俺はこの現象を『白狼化』と読んでいた。満月周辺の日は何をどうやってもこの姿になる。不老不死になった時に付いてきた呪い。これのせいで俺はアファイレドを去ろうとした事もあった。だが、今はもう気にする必要は無い。むしろ、これは俺にとっては有利になる現象だった。
白狼―いちいち白狼だと俺の元々の種族がそれになって面倒になるので以後『満月姿』と言っておくが、その姿は言ってみれば不老不死の効果がモロに出ている状態だ。この間なら猛毒ガスも苦しいとは思わないし、骨折位までならその日の内に治ってしまう。何もかもが限界を通り越している。威力も、治癒力も、何もかも。
「かかってくれば良いさ。皆まとめて叩き潰してやるよ!!」
俺は化物にそう言った。結局化物は誰なのだろうか。俺も随分と理性と知性のある化物だと思っているし、本当の所俺の実力よりも恐ろしい『アイツ』を未だに目覚めさせていない。目覚めさせて戦ってはいけないんだ。戦ったら―。その前に俺が戦うのだが。

皮肉にも、今回の事件は『アイツ』を上手に使わないといけない様だが。

 

~中間~

 

???

『―珍しいじゃないか、俺に助けを求めるだなんてさ。普段なら「表に出てくるな」って言って出そうとしないのに』
「異常事態だ。元々はお前が撒いた種だろうが。お前の力無しでは解決出来ないぞ」
『お前は俺を物として見ていないのか?元々俺はお前の感情の一部だぞ?』
「うるさい、黙れ。お前みたいな心を俺は持ってなかったさ」
『開放されたい、そう願ったのは誰だっけな。まあ、下手に喧嘩しても無意味だし、この話は止めにするか。で?お前は俺に何を求めているのさ?』
「闇の住民を蹴散らせ。それを率いる奴ら共々に。やり方は自由に、ただし俺の身分の事も考えろ。どうせ後始末は俺がやる事になるだろうしさ」
『・・・良いのか?お前今普段言っている事と真逆の事言ってるぞ』
「イレギュラーだよ。俺も好きでお前に頼っている訳ではない。ただ、確実に紅月を駆逐出来るのはお前だけだ」
『お前の従者とその中にいる誰かさんでは駄目なのか?』
「駄目ではない。だが、なるべく汚れて欲しくない。汚れるなら俺達で・・・意味は分かるな?」
『・・・良いじゃないか。お前に支障が出ない程度に暴れてやるよ。丁度雨もあるし・・・奴も呼べるか』
「・・・?奴とは?」
『お前には出来ない事さ。知られても大丈夫だ。この術はハイリスクハイリターン、唱えただけで死ぬ奴だっているし、現れたら食われて死ぬ奴だっている。歯向かうのも難しいだろうな』
「・・・・・・まあ良いさ。頼んだぞ。あと勘付かれるなよ、ガナールに」
『りょーかい』

====================

破滅の音がした。
俺が聞こえたその音はノイズを出しながらぐるぐるとかき乱していく。ぐるぐるり。何の音なのだろう?耳を澄ましてみても結局音は変わらない。何の音なのか、俺にはよく分からない。
聞こえたのはどうやら俺だけだった様だ。シャドウは不思議そうに俺を見ていたから、おそらくはそうなのだろう。音がした方向もある程度は分かるのだろうと思ったが、結局分からずじまいだった。
「どうしたのだ?」
「大丈夫、問題ない」
ノイズの音は更に大きくなっていく。耳鳴りがする。ギスギスと脳のどこかが軋む様な感覚がする。
『此処の所彼随分と苛立っている様な気がするな』
ノイズの中で突然その声が聞こえてきた。声の主はシャドウ、何故急にそんな事を言い出すのだろう?そう考えている間にそのノイズの音は徐々に小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
「本当に大丈夫なのか?お前の言う大丈夫は大抵大丈夫じゃない」
「・・・なぁ、シャドウ?苛立っているって、どういう事だ?」
「!!」
突然苛立っているというワードを聞いて、動揺している様に見えた。何故声に出しているのに動揺なんてするのだろう?シャドウは若干声を震わせながらこう言う。
「・・・何故、分かった?」
「え?分かったって・・・アンタそんな事言っていただろ」
「言ってないぞ?何故、思っている事が分かった?どういう意味だ、説明しろ!」
「え、ええ!?お、俺にもよく分からない!」
じゃあ何だ、俺が心を読んだとでも言うのか?馬鹿げている、幾ら何でも心を読む力が超能力の内に入る筈がない。俺はあくまで物体浮遊が可能なだけで、他はカオスエメラルドを使える位しか―。
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。俺とシャドウが一瞬の静寂の時を迎え、扉の先を見つめていると見覚えのある人が開けてきた。
「失礼します、シャドウとシルバー。夕食の準備が出来ましたよ」
「あ、ガナールか。聞いてくれ、シルバーが勝手に僕の考えている事を答えた、これはどういう事だ?」
「助けてくれ、何か俺が心を読む力が芽生えたのかとか言ってくるんだよ!」
「え、ええ・・・?と、とりあえず二人共落ち着いてください。急に振られても私は解答しかねる訳でして・・・。夕食用意したので、食べながらでも、いかがでしょうか?」
ガナールはそう言って、苦笑いを浮かべていた。

 

~中間~

 

「成程・・・それで心を読む力が急に開花したのでは?と推察された訳ですね」
ガナール自身が作った料理を彼は食べながらそう言った。
「俺にもサッパリなんだ。ノイズが酷いし、何か変な声聞こえるしで」
「今その症状は?」
「無いな」
「質問なのだが、心を読む魔術は存在するのか?」
シャドウがそう問うてみて、ガナールは悩ませて「うーん」と頭を捻らせた結果はこれである。
「少なくとも、アファレイドには無いです。・・・古い書物から出てくる可能性もありますがそもそも今回まだアファレイドに行ってないので可能性は0かと」
「つまり、覚えられるチャンスは無いと?」
「ええ、その通りです。秋にあったあの襲撃事件周辺で王宮にいる人達が使える魔術を見れた場合もあるかもしれないですが、そもそもアレって特別な術に阻まれて唱えても普通の人は無理ですし」
「裏ルートから覚えたっていう可能性は・・・無いな、シルバーがそんな事する筈もないし利点も無い」
二人が何やら難しい話をよそに、俺はこそこそと温かいスープを飲む。寒い冬にはこうした物が無いと辛いモノがある。暖房も効いているが、それとは違う温もりを俺はひしひしと手から伝わっていた。俺達の世界ではこんなモノなんて無かった。温かいなんて、もう懲り懲りだ―そう思ってしまえる位、俺達の世界は暖かくなりすぎていたんだ。暖かいじゃない。暑いでもない。熱いのだ。気温のそれなんて信用出来ない。何もかもイカれていた世界で、数値なんて機能してなかったのだから。そう考えると、俺は幸せだ。罪悪感すら感じてしまう位に。
皆はきっと理解されないだろう。俺は目を閉じた。
「・・・ごちそうさま。もう寝るよ」
「おや、早いですね。どうしたのですか?」
「・・・一人でいたいだけだよ。おやすみ」
胸騒ぎがしてきた。何か物騒な事が起こる、その様な気がして。俺がいない間に、何かが起きる様な気がして。
でも、後遺症が現れても困るから、俺はこの日はずっと眠っている事しか出来ないのだ。
弱い俺が若干憎たらしく感じられた。

====================

ある森の奥地には、化物が眠っているのだという。
永い永い夢を見て、過去を眺めているだけのケダモノ。あの化物は常に安らぎを求めている。
過去は心の安らぎ・揺らめきを与える。逆に言えば、それしか与える事しか出来ない。
動いた結果・動いている過程しか見れない。足元は只の無ばかりである。
それを平然と華を盛り付けて自身を英雄談として語る様な人々がいる。
化物は、それを語るのを嫌って、未来に寄りすがっていた。

化物は常に安らぎを求めている。
だから、その血を見るのも安らぎの一つだと言えるのだろう。
化物はその血に一種の温もりを覚えていた。過去を語るのは嫌いでも、過去と現在を重ねる事は頻繁に起こっていたという訳である。

化物は常に安らぎを求めている。
行き過ぎた代償の苦痛を忘れる為に・・・。

―化物はやがて、多数の闇を目撃した。

====================

続く。

next 2-08章 Apollo

様々な事件が沢山続き、遂には心髄にまで及んで行って、己の中でそれを重く、鋭く貫くのだ。 嘘だらけの世界で信じる事が出来るのは、己自身ただ一人。痛い思いとかしても良いんだ、嘘をつくのはもうこれで最後にしよう。だからお願い。早ク逃ゲテ。