夢想の針鼠の夢跡

物語に隠されたもう1つの物語 『過ち』を知る物語

日記ノ二十ノ巻~オトナシノセカイ

静寂。

此処は至ってシンプルなルールで成り立っている。難しい?そんなルールを破らなかったら良い事じゃないか。人一倍動けば認められるんじゃないの?

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「そんな事やれば、彼を守る役目はどうするのですか!?」

「ーもう彼の精神も限界だ。・・・切り捨てた方が良いのかもしれない」

「そしたら、今までの10年間は・・・」

「・・・別にそれで構わない。精神崩壊を起こしかけている以上、彼を切り捨てるなり結界を解くなりしなければならない。・・・だが、ウォイス、聞かせて欲しい事がある」

私とウォイス様の間にシャドウが割り込んできた。私達が話している内容ーそれは今後どうすれば良いかという事である。私が言いたいのは、結界の守護者である彼をどうして切り捨てなければならないのか、という事である。

ウォイス様は、彼の結界にいる紅月の肉体をなるべく後にして欲しいとの事であった。結界の崩壊をなるべく遅くしたかったのだろう。しかし、それをすればするほど彼は窮地に立たされる。彼の精神崩壊を待っている様なモノである。

私としては、彼が意思の疎通が取れる状態に結界を解いて、彼を助けたいのだ。考え方としては守護者の考えに近いが、行動面で見ればそれは間違いなく紅月がやろうとしている行動そのものである。ただ、これ以上彼を放置していれば、彼は・・・

ーシルバーが行方不明になる3時間前の会話だ。

「何だ?」

「何故、切り捨てるのだ?紅月の行動を阻止するのが目的か?」

「違う、準備をする為だ・・・紅月の中にいる彼奴を『表に出させる』準備をな・・・今此処で解き放たれたら、その準備をした意味が無くなる。ー彼の精神崩壊は、結界によって引っ張られている。ならば、準備が終わってから結界を解いた方が良い。その壊れた精神は、結界を解けばある程度は解消されると思うからな・・・」

「・・・一回壊れたら、治すのにどれだけ時間を必要とするか、長い時を過ごしている貴様なら、分かるだろう?」

シャドウが珍しく本気である。いや、常に慎重に事を進めているが、今回はやけに真剣というか、何と言えば良いのか・・・。まあ、100年も共に過ごした人を見過ごしはしないだろう。ーウォイス様には、それが分からないのかもしれないが。

「ウォイス様・・・」

「・・・話題を変えるが、お前は侵食されているか?」

「?侵食ですか・・・?」

「シャドウや俺にも言える事かもしれないが、結界の魔力に影響を受けて、性格や身体が変わってしまう人がいる。彼は豹変してしまっているが、俺達や紅月ら、選ばれし者にも影響を及ぼしていても別に不思議な事では無い」

「結界の穴から魔力が漏れているのか・・・?そうすれば結界の魔力はいずれ0にならないか?」

「それは現時点でありえないかと。魔力を吸い取っている状態が続いている訳ですから、漏れているあの魔力は、吸い取った魔力をそのまま結界に捧げたと考えた方が自然ですし・・・それに、漏れていると言っても微量ですしね。回復量とそれによる消費量の差は、回復量の方が上ですし・・・」

「つまり、溢れかえっている事が原因で結界が崩れる事は無い、という訳か・・・」

「微量とはいえ、長時間浴びていればそれで影響を受ける。しかも少しずつ変化していくからな、本人は気づいてない場合が多いだろう。・・・ただ、ガナールは少なからず影響を受けているだろうな」

「それは一体・・・」

私が影響を受けている?そんな訳無いと思う。だが、ウォイス様は少し戸惑っている様な様子で私を見ている。・・・何を恐れているのだろうか?

「まず結論を言うと、少し感情的になったと思う。

今までのお前は基本命令されてからの行動が多かった。「命令」と言わなくても命令として受け入れる。最初に言ったと思うが、「『命令』と言わない限り、やるかどうかは任せる」・・・確かそう言った。『お願い』を『命令』と見ていた。手段も大体は理論だけで構成されているものが多く、その為に基本失敗はしなかった」

そういえば、ウォイス様の命令は基本手段を指摘しなかった。指摘しなかったのは、基本私が考えた行動をした方が、成功率が高いと踏んでいたからなのか。・・・心理戦等になれば話は別だが。

「10年間、少しずつではあるが感情的になる時があった。『命令』と『お願い』の判別が出来る様になったり、別にお願いしていなくても、「おそらく彼はああして欲しいのだろう」と推測して、やってくれる様になった。だから、俺はたまに何故それをやったのだと考える時があるのだ。

お前は表の顔と裏の顔を持つ人だ。彼奴に会ったりして笑顔で対応するのと裏腹に、やらねばならない事を忠実にやってくる。ーそれが『暗殺』等でもな・・・だが、最近そのラインを踏み間違えている様な気がしてならん。・・・シャドウ、お前もその影響は受けているだろう?」

「分からん、10年間牢屋にいたのだからな」

シャドウはそう言うと、不意にウォイスから視線を逸らした。私達が行ってきた事を彼が完全に把握しているとは思え難い。

「だが、久々に貴様らに会った時、何処か雰囲気が違った・・・ウォイスは今まで冷たかった筈が、少し感情が豊かになった。そしてガナールは・・・丸くなったか?」

「丸くなってはいません。・・・やはりあまり信じられません」

「そう言う辺が、変わったのだ」

「!!!」

言い返せなくなった。何故私は反抗しているのだろうか?

分からない・・・分からない・・・・・・私はガナール・・・・感情ヲ殺シタ生命体・・・私が、醜い人間に染まりかけているの・・・?分からない・・・分からない・・・・・・

 

ワカラナイ・・・

 

 

「分からない・・・何故私が・・・?心は完全に壊した筈ーどうして?」

私は一歩二歩と少しずつ後ろに歩いた。二人は少し心配そうに私に歩み寄って来る。来ないで・・・私は・・・私は・・・・・・私はッ!!

「どうしたのだ、先程から様子が可笑しいぞ?」

「ーしっかりしろ。今はー」

私に触れようとしたシャドウの右手を、私は右手で払った。

「止めて・・・これ以上、人間に染まりたくない・・・私は・・・・・・ウォイス様の命令に従う為だけに生きてきた・・・なのに・・・なのに!!」

「ガナール・・・?ッ!!」

私は其処から離れた。私は、あの方に忠誠を誓った者だった筈だ。使命を全うする必要の無い心は要らない。心は、意思は私の行動を止めてしまうのだから。

 

分からないよ。誰か、私の心ヲー

 

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オトナシノセカイだった此処に音が溢れ出していく。

しっかりと栓をしていた筈なのに、いつの間にか抜けていた。

私は、心を持つ。・・・最小限に抑えたつもりだった。

無理だった。

そうか、心を殺そうとする私も、醜い人間の一人なんだな。

壊れてしまった、人間だけどさ。

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Fin manquante
様々な事件が沢山続き、遂には心髄にまで及んで行って、己の中でそれを重く、鋭く貫くのだ。 嘘だらけの世界で信じる事が出来るのは、己自身ただ一人。痛い思いとかしても良いんだ、嘘をつくのはもうこれで最後にしよう。だからお願い。早ク逃ゲテ。