夢想の針鼠の夢跡

物語に隠されたもう1つの物語 『過ち』を知る物語

日記ノ二十四ノ巻~Life expectancy

ー未だに眠れない。ここ最近は全く眠れなく、今日でもう5日目だ。何の予兆なのかというとそうでもなく、全く倒れない。無理矢理生かされている様な気分だ。月明かりが良いらしく、少し冷たい光がこの部屋を照らしている。それが更に喪失感を呼び、気持ちがこみ上げてくるのだ。

未だに信じていない。それが嘘であったとしても、きっと俺は何度も眠れていなかっただろう。そしてその感情が崩れてしまう事は永久に訪れないであろう。これでも結構崩れた方なのだから。

眠れなかった俺は近くにあった写真を手に取った。随分前に撮ったからか、大分古びており、セピア色が過去を示すかの様に描かれていた。そろそろ色を復元した方が良いのかもしれないが、この写真を治すつもりはさらさら無かった。戻したらきっと、この傷がもっと深く刻まれてしまう様な気がするのだ。

「・・・お墓でも見るか」

俺は誰もいない空間で、そう呟いた。

 

深夜ということもあってか、街全体が闇に飲まれていた。俺はその空間をブーツを鳴らしながら、その場所までただひたすら歩く。途中で友人がいたので、少しだけ話をしてから、俺はそのお墓まで向かった。

新品・・・というと失礼だろうが、その墓は周りの墓よりも真新しく、この暗さでも程よい光を跳ね返し、輝いていた。

「ー遅くなってごめんな」

俺はそう言って、その人を清める。そして、花を飾り、線香を焚いて置くと、俺は改めて此処を見渡した。

普通の人には見えない、青い人があちこちに歩いて会話をしている。こんな時間に訪れたのは流石にその人達も驚いており、あちこちで俺を噂している。彼が育て上げられた人達の憩いの場は、当然俺の事を知っている訳であり、そういう意味でも驚いているのかもしれない。急に背中に寒気を感じた。・・・幽霊が背中にいるのは分かっていた。だがー。

(普通の人らしく、普通に去るのが一番だろうな)

『ウォイスさん、普通に帰っちゃうんですか?もっと私の事を悲しんでくれたら嬉しいですのに』

「・・・・・・誰だろうな、何かさっきから寒気がするな」

全く知らないフリをして、俺はそのまま去ろうとする。とりあえず、入る前の段階までは幽霊を見ていない人の様に振る舞えた。

『嘘は言わなくても結構ですのに。聞こえているのでしょう?』

いつもの通りに俺の事を苛立たせてくれるのだから流石である。だが俺も彼のお陰である程度メンタル面で強くなった様な気がする。

「しかし、本当に夜中は皆静かだな。こちとら胸騒ぎがして出たくなるのだが」

『聞こえていますよね??』

「結局あの事を言う事も無かったか」

『私の話をちゃんと聞いてくださいよ、ウォイスさん!!』

耳元で叫ばれると、鼓膜が破れて修復するのに時間が掛かって迷惑なのだが。あまりやりたくなかったが、俺は深呼吸をして、その声に応じた。

「ー死んだ人と会話するのは禁じられている」

『・・・え?それは一体「霊を導く人は決まっている。ソニックがもうじきやって来るだろうさ。此処いらの地域は確かソニックが導いた筈だ」

そう言った瞬間、この霊が一斉に俺の元に乗り移ろうとして、俺に襲い掛かってきた。

「この世界のルールに従う義理等何処にも無い。最悪霊を切り離して輪廻転生の輪から外しても別に問題ではない」

急に専門的要素が含まれていることを発してみたが、奴らは未だに把握しきれてない様だ。俺はそのまま地を蹴って、霊から離れた。

「ー分からないのか?無理矢理干渉するなら切り離すぞと言っているのだぞ?」

『どうしたのです?急に人間味の無い事を喋って。輪廻転生の輪から切り離す?そんな事貴方に出来るのですか?それを決めるのは神様位でしかー』

「だからどうしたのだ?それは貴様ら人間が勝手に解釈した結果であろう?まあ天からの恵か何かから善行を及ぼす場合もある訳だから関係ないと言えば嘘になるが、それでどうなんだ」

『・・・冷たすぎますよ。死人に対してはこの態度なんですか?』

「ー死人に用は無い。貴様らがどう嘆こうが、助けを求めようが無意味だ。もう『終わってしまった』出来事だしな。それとも過去を変えようとでも言うのか?タイムパラドックスを起こそうにしてもまずは時空の破り方を考えなければならない訳だが、貴様らにそんな神様の様な事を出来ると思うのか?」

『そ、それは』

「そういう訳だ。お前らはそのまま導かれろ」

『辛いとか感じないのですか!?』

「黙れ!!」

近くにあった木を思い切り叩くと、その木が揺れ、怪しげな音を木霊させる。その音と俺の叫びを聞いて、皆は怯えた。

「・・・俺だってこんな態度を取るのは不本意だ!!お前らの話を届けたいさ、助けたいさ!!!だがな、それを行えばどうなると思う?この世界のルールそのものを否定する事になる。そんな大罪を負う訳にもいかないし、俺には使命がある!!その使命に抗う事を、俺自身が許せないのさ。・・・分かったらさっさと・・・」

「煩いな、ウォイス」

「・・・ソニックか。丁度良い、そいつらの魂を向こうに導いて貰えないか?」

「それが俺の仕事だからやるけどよ・・・やりすぎだろ、此奴らの心のケアをするのは色々と面倒なんだぞ?」

『止めてください!!』

「ーお前は確かあの時いた奴だったな。悪いんだが、逃げたら逃げたらで大変なんだよ、察してくれないか?」

『それで私が「はいそうします」と言うと思います?』

「生憎ウォイスが隣にいるから、逃げたら即座に切り落とされるぜ?幾ら親友だからと言って、見逃したらそれこそ波紋を投げかねないぜ」

「・・・あんまり手荒な事はしたくはないから、自主的に動いてくれれば助かる。でなければ無理矢理連れて行くまでだ・・・・・・動け」

『・・・!!』

命じれれば、皆其処に動く。魂を抜いたりする事が出来るのは本当に便利だ。やがて彼を除き全員が導く道具に乗ったのだが、彼は未だに乗ろうとしない。どうやら未練があってどうしても此処に居残りたいらしい。

「どうしたのだ?ラネリウス様もおそらくはいると思うのだが?」

『彼らはどうなったのです?』

「知らないな、俺も詳しい事は分からない。知っているのはシャドウとシルバーの方だな」

『・・・なら』

彼は一目散に彼らを探しに向かった。俺も魔術で止めようとしたが、彼の方が一枚上手だった様で、ギリギリの所で届かなかった。止める事に失敗した俺は、追うのだが、彼が霊というのもあり、直ぐに何処かに行ってしまった。

「マズイな、逃げられた」

「どうするのさ?俺は奴らを導かないと行けないんだぜ?」

「俺が説得する。彼奴の扱いには慣れているし、止められなかった俺の責任でもあるしな」

「あの様子からだと多分シャドウかシルバーの所に行ったんだと思うが・・・確かあの時シルバーっていなかったよな?」

「だな。多分シャドウの方に行っただろう。・・・シャドウを探してくる。お前はとりあえず、そいつらを頼む。くれぐれも逃がさないようにな」

「分かっているって。・・・んじゃ、またな。えー、これよりこの船は裁きの部屋へとー・・・」

 

「何処だ!?」

久々に失敗した様な気がする。やっぱり心理戦は苦手の様だ。そうなる位であれば、まだシルバーの方が良かったのかもしれない。

奥に進むと、ようやく彼の家についた。あらかじめ幻術対策をしていたので、其処まで迷わずに済んだ。ゆらゆらと揺らめく景色は明らかに不自然で、ドーム状に綺麗に揺らめいていた。こんな時、得をするのは彼だけだ。俺はそのままその揺らめいている場所に突入した。

「シャドウ!!開けろ!!」

不老不死とはいえ、霊にまとわりつけば不幸な出来事は起こる。霊をこれ以上放置する訳にもいかないので、その霊を無理矢理でも離れさせないとならない。

しばらくすると、シャドウは少し驚いている顔で俺の前に現れた。流石の彼も、霊が現れる等思っていなかったらしく、少々取り乱していた様だ。・・・ここまで驚いている彼を見るのは実は結構久しい事なのかもしれない。

「彼奴なら少々手荒ではあったが、閉じ込めてある。逃げる事はないから安心しろ」

「助かるよ、シャドウ。・・・これで遠慮なく話が出来る」

「・・・良いのか?」

「仕方あるまい、自分の力で向かおうとしなければ成仏出来ないのだからな」

俺は乱れている髪を少々整えた後、鏡を見た。見ている姿はいつも同じだ。ー少し奴とやり取りを取った後、俺はシャドウが閉じ込めたと言った場所に向かった。当然、シャドウも連れて、だ。

「逃げた時は、俺もなるべく動くが、お前の方が封じられやすいだろう。よろしく頼むぞ」

「分かっている。・・・貴様もこれ以上は逃がすなよ?」

「・・・ああ」

ドアを開けてみる。ドアノブに触れれば何か近寄りがたい何かが溢れて、戻る気にさせる。そして、開けた先にあった光景は、椅子に座って、特殊なテープか何かで霊を押さえつけている。その霊は先程までは球体に尻尾が生えたかの様な形をしていたが、そのテープの効力からか、それとも彼の意思からか、あの時の姿をもぎ取ったかの様な形だった。ー色は殆ど無く、冷たかったが。

「・・・流石に覚悟は決めたか」

「・・・。」

口は閉ざされたまま。溜息混じりで息を吐くと、俺は笑った。

「まあ、こんな形とはいえ、会えた事には嬉しいとは思うがな」

「最後の挨拶のつもりですか?」

「お前からすればきっとそうなんだろうな。俺は何度も見ているから別に傷つきはしないさ。・・・面倒事はやっぱり嫌なものだな」

「ーで、何で呪縛を解いてくれないんです」

「逃げた以上、また逃げる可能性があるからだ。逃げられてしまったら俺ですら探すのは結構面倒だ。ーというかほぼ不可能だ」

彼奴の力を借りるのも良いのだが、逃げた時に使えば良い。相手は鎖に触れて引っ張っていた。

「ガナールだったら嫌でも送れるだろうがな」

「ああ、彼奴か。確かにそういう事も簡単に出来るよな。お前と違って」

位はどうであれ、霊を自由に操っていられるのは結構羨ましい。乗っ取られるといった出来事も起こらないで済む。

彼は触れられる筈も無い花瓶を触って、掴んだ。

「ー!!」

「いつになったら離してくれるんですか」

シュッと投げた花瓶は壁にぶつかり、破片が散る。その破片の一部は俺の頬に掠り、其処から血が僅かながら流れ落ちた。手袋が汚れる事を承知で右手の人差し指で切った部分を触れる。怪我した直後なので、これ自体に痛みは生じなかったが、後から少しずつ痛みを感じた。

「痛いのは勘弁だ。・・・まあ覚えておくのには丁度良いかもしれないが。そういえば彼奴が使っていた魔術なんだが、分かった事がある」

「ー紅月が使ったあの?」

靴を鳴らしながら、辺を適当に歩き回る。シャドウも前に進み、シャドウは彼の目の前に立った。

「ああ、そうだ。・・・あの闇魔術なんだがな。あれ、どうやら一瞬で天国に迎える魔術でもあるらしい」

「それがどうかしたのです?」

「ーもしそれが本当ならば、お前は幸せに彼奴らの所に迎えられるって訳だ。・・・まあお前には面識が無いから、分からないのだろうが。で、だ」

シャドウも何をしようか気づいた様だ。少々睨みながら、瞳を濁らせた。ほんのりと紫がかったその色は、俺の腕を掴まれている様な気がする。

「お前がこの後にやる事はおおよそ把握した。一応聞くが、葬る覚悟は出来たのだろうな?」

「・・・。」

彼が目の前で見つめる中、少しだけ笑った。

「どうせ苦しむ位ならば、一瞬の苦しみだけで終わらせたいだろう?下手に弱めて己が消えゆく恐怖をじわじわと味わいながら死ぬのなど悲しいものだ。あるいは走馬灯の様にしてみるか?ある程度は手加減出来るぞ」

覚悟がぶれることは無い。それを判断したか、シャドウはそれ以上何も言わなかった。彼も理解したのか、手を強く握り締めたのが見えた。

 

「ーじゃあな、天国でゆっくり過ごせ」

 

 そのまま俺はあの時紅月がやっていた殺し方と同じ方法で、彼を斬った。彼の痛みは一瞬だった。受けた後、その霊は横に倒れ、譫言の様に呟いた後、完全に消えてなくなった。

それを間近で見ていたシャドウは少々驚いた。

「ーこれで王は殺されたのか。・・・にしても結構凄いな」

「久々に強い呪術使ったな、それなりに魔力を削られるのが分かる」

「やっぱり感触はあるのか?」

「何となくでしか分からないがな」

「・・・ところで、彼が呟いていた言葉、聞き取れたか?」

「逃したとしても、聞いたとしても、俺は彼が言いたかった事が何か分かったがな」

結局の所、シャドウが訪ねた質問に、俺は曖昧にして答えた。分からなくした方が、まだ良い場合もあるのだ。こんな時、まさにそんなだろう。

「それが間違いだったとしても、きっと彼は納得してくれるさ・・・ふう、これで良いだろう?」

窓から外を見渡すと、先程あった空間の歪みは綺麗さっぱり消えていた。そして、満天の星が包むのだ、私達を。

様々な事件が沢山続き、遂には心髄にまで及んで行って、己の中でそれを重く、鋭く貫くのだ。 嘘だらけの世界で信じる事が出来るのは、己自身ただ一人。痛い思いとかしても良いんだ、嘘をつくのはもうこれで最後にしよう。だからお願い。早ク逃ゲテ。