夢想の針鼠の夢跡

物語に隠されたもう1つの物語 『過ち』を知る物語

『ε、製造データ1』

 

「研究データは解析出来たか」

「・・・ああ、一応出来たぞ」

ふと奴の身体を見る。麻酔や睡眠薬を飲まされた為に、今は昏睡状態になっている。今から、この身体の中に『生命』を宿す実験をする訳なのだが・・・。

「ただ、これ、本当に良いのか?これ下手したら実験体死ぬぞ」

前代未聞の事をしているのだ、何もかもが順調で行く筈がない。一番最悪なのは作り上げている時に実験体が急に覚醒してしまって、暴走してしまう事だ。その場合、実験体の人格もひね曲がってしまって、収集がつかなくなる。

しかし彼は、笑っていた。ただ、その笑顔は普通では把握出来る筈のない、マッドサイエンティストが浮かべる悪魔の笑みだ。俺がマッドサイエンティストであるのは否定はしない。・・・彼の協力に応えるのにわざわざそれをする必要も無い筈だ。

「その場合は生き返らせれば良いであろう。保険として、大変な事が起きたらすぐに止める様にプログラムさせておいた。・・・俺とお前のな」

「流石だな。ー最後にもう一度聞くぞ。本当に良いんだな?」

「・・・良い。奴もそれを望んでいたのだ。そして、俺もな。これで成功したらお前もかなりの名を持つ事になる。素晴らしい事であろう?」

「まあ、成功すればの話だがな。どうするのだ、奴が急に性格が変わったら、友好関係等が崩壊するぞ」

「ーそれをしない為に、お前がいるのだ。まあ、成功させてやるさ」

彼はそう言うと、深呼吸をした。そして、ペラペラと資料の書かれた紙をめくる。目的のページを見つけると、めくるのを止め、そして、もう一度深呼吸をした。彼も慣れる筈の無い作業に緊張しているのであろう。

「さてー・・・」

『ε』。彼が何処かで手に入れたという魂を、実験体の身体に入れる。生身の状態でこれをやると、基本的には乗っ取られるなり、性格を豹変させてしまう。それだとマズイので、実験体の人格もろとも一回身体から切り離し、複製しようというものだ。当然、成功する保証は何処にもない。むしろ失敗する可能性の方が高い。

利害の一致によって行われた実験。友人が欲しいと言った奴の心意気は謎だが、疑問に思ったことというと、果たしてこれほどまでして、友人が欲しかったのであろうか。少なくとも、こんな形で友人が出来るなんて、考えもしない筈だ。

・・・いや、そこはどうでもいいのだ。奴にとっての『最大のデメリット』の方が、よっぽど重要だ。仮にこの実験に成功したとすると、一つの身体に人格が二人、つまり二重人格に近い存在になる。普通であれば、それは幼少期によほどの辛さを味わなければそれになる事はありえない。だが今回のそれはそれを超越してしまっている。自覚らしき行動も無しで、これをするのは危険すぎる。最悪実験体の人格が崩壊され、出来上がった人格が乗っ取られるという事態もある。

「・・・奴がそれを望んだのか」

「ああ。俺がどうこう言う筋合いは何処にも無いと思うが、多分、本性を隠してしまっているのだろうな。それがストレスとなっている・・・のか?」

「人の扱い方は苦手なのか?」

「苦手、というか・・・知らなかったんだろう、友情について」

「欠けているのか、それ」

「さあな。細かい理由を聞こうとしても、知らんぷりだったしな。俺が理由を知っている訳ではない」

「知らんぷり、か。もしかしたらの話だが・・・」

其処まで来て、突っかかってしまう。彼は俺の言葉の続きを聞きたがっている様子ではあるのだが、必死に言葉を探しても紡ぐ言葉が見つからない。何というか、その・・・。

「・・・悪い、気にしないでくれ」

「変わった奴だな」

「お前の方こそ変わっている。大体、どうやって手に入れたのだ、その魂」

「ああ、これか?」

首元に巻かれている白い尾に触れる。すると、その白い物はふわふわと浮く。

「探し物をしていて、ようやく見つけた物だ」

「魂が探し物なのか?お前の人格の欠片か何かか?」

「違う・・・大切な仲間の人格の破片だ」

ーなるほど。つまり彼は実験体の思いとほぼ同じ様な感情を持っていたのか。だが・・・

「本物を植え込んでも、完成するのは偽物だぞ」

「ー分かっている」

昏睡状態の実験体の魂を取り上げるのは非常に楽だ。必死にしがみついていく場合は非常に苦戦する。彼は実験体の魂を持って、何処かに行こうとした。

「何処に行くのだ?」

「・・・複製している部分は見せたくないのでな。現世で関わる物ではないのはお前も分かるであろう?」

「そうか。止めはしないが、複製以外変な事をするなよ?」

「分かっている、お前も準備しておけよ・・・」

そう言って、彼はそのまま何処かに行った。空間の狭間か何かだろう。・・・その時だった。

『・・・?!』

音声が聞こえる監視カメラで、誰かの声が聞こえた。

『ーどういう事だ?あの時まではいた筈なのだが』

この時、俺は決定的なミスを犯した。そう、実験体の提供は本人の許可『だけ』で行われていたのだ。つまりどういう事か?誘拐と同じである。

『おい、聞こえるか!!返事を~!!』

此処ら辺で俺は一旦監視カメラを切った。彼もその事に気付いた様で、実験体の魂を持ったまま、俺の元へ戻って来た。

「どういう意味なんだ、これは」

「そのままの意味だな、話してなかったのか!?」

「しているものだと思ってスルーした・・・マズイな、これは大変な事に・・・事に・・・・・・思いついた」

「・・・?」

「そうだ、この際だから、試してみるか・・・奴が何故こんな事を望んだのかを、な。・・・面白い、やってやろうではないか」

「だが、それだとεのデータが不完全なままで出る事になるぞ!!不都合が起こる可能性も出てくるし、下手をすれば・・・!!」

「ああ、分かっている。・・・確か近くに武器庫があったよな。それを利用してみるか、フフフ・・・」

「・・・お前、一体何をしようと・・・」

「暇だから、異変を起こしてみようというのだ。奴らを試す、その為にな」

実験体は眠り続けている。もしこの状態からεを起動させれば、おそらく実験体も同時に目が覚めるであろう。・・・まあ、εがどうにかしてくれるのだろうが。

「お前も付き合って貰うぞ、奴らの心情を一回この目で体感してみると良い」

「ー心理を利用して、人を潰すつもりか!?」

「・・・お遊び程度だ、死者が出ない程度には加減するさ。ーそうだな、自然を少しだけ変えてみるか。そうすれば誰もが直ぐに気付き、事件も・・・ハハハ」

もう駄目だ。彼の頭はいかれてしまった。確かに、奴が言っていた理由を知る為であるのであれば、絶好のチャンスではあるだろう。おそらく彼はεを入れた状態で、奴らと戦わせる気なのだろう。そして、奴の本音を、吐きまくって吐きまくる。それで奴について知らせる気だ。自らを悪役に演じて・・・。

・・・恐ろしい計画ではあったが、俺はそのまま乗る事にした。そして、俺が奴らの底力を知る事になるのは、五日も掛からなかった。

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続く。

様々な事件が沢山続き、遂には心髄にまで及んで行って、己の中でそれを重く、鋭く貫くのだ。 嘘だらけの世界で信じる事が出来るのは、己自身ただ一人。痛い思いとかしても良いんだ、嘘をつくのはもうこれで最後にしよう。だからお願い。早ク逃ゲテ。